圓應寺 住職法話
住職法話 第178回
緩和ケア医療に学ぶ生と死
【生と死の考察】191〜196
「大腸ポリープ除去のための入院体験 ①」
皆様明けましてお目出とうございます。昨年の日本列島は、多くの山林火災や年末に発生した青森県を中心とした地震をはじめ各地の地震等々、多くの自然災害に見舞われた一年でした。一方で「昭和100年、戦後80年」と題して、参戦に至った反省と平和への誓いを大々的に取り上げられた一年でもありました。今年も災害の少ないことを願うと共に、区切りの80年を一年経過して「戦後81年」となった今年も、反省と平和への希求を忘れないようにしたいと思っています。
さて、前回のこの項では、友人と檀家さんの中で印象に残る方の死としての10回目で、半世紀に亘ってお付き合いをしてきた親友の死について2回に亘って述べました。今回はその中でも触れましたが、私自身の大腸ポリープ除去のための入院体験について2回に亘って述べます。今回はポリープ発見から除去術までです。
Ⅱ-191 大腸に又!

この項で2021年6月、11月、22年の4月に三回に亘って大腸からの出血で入院した(入院は21年1月)体験を述べました。ところがその2年後、今度は大腸ポリープが見つかり、再度の入院となりました。私には持病として大腸憩室という疾患があり、どうも大腸がいろんな悪さをしているのです。
2023年4月、いつものようにかかりつけの消化器内科医院で胃と大腸の内視鏡カメラによる定期検査を受けたところ、胃袋は異常なしも大腸カメラの結果、「ポリープがある。急がないが入院して内視鏡で取る必要がある」と。一瞬「エッ・・又!」との思いでしたが直ぐ切り替え、早いほうが良いとの考えから2年前に入院した(かつて医療福祉相談員として長年勤務した)山形県立中央病院(以下、「県中」と略称)への紹介状をすぐ頂くことに。
Ⅱ-192 入院までに何回か県中に

23年5月2日、紹介状を持って県中受診。内視鏡検査日を予約。
5月22日、大腸カメラ検査実施。ポリープがある付近までカメラが入り、2~3回往復して確認。検査結果の説明と入院日決定のための外来受診を5月26日に予約。
5月26日(なんとこの日は80歳の誕生日でした)外来受診。「奥の方にあり、ヒダの影に隠れてしかも18ミリほどの大きさだが。内視鏡でやります」との説明。加えて「場合によっては開腹外科手術」の説明を受け、同意する旨の署名。7月4日入院、5日手術、退院は9日を予定することに決定した。この「場合によっては・・・」の説明と同意については、医療者側として現在は当然の説明義務となっているものの、やはりなんとなく緊張を強いられました。その後、入院関係の説明を受けるため、私の現職時代にはなかった「患者サポートセンター」に。「お薬手帳」を持参していなかったため再度6月15日の予約。前回受診時は持参したが、今回はその要請がなかったため持参しなかったのでした。やはり医療機関に行く場合は、薬手帳を持って行くのが必要であることを痛感しました。
6月15日サポートセンターで主に薬剤師による日常薬と今回の治療時の服薬が出来るか否かの点検を受けました。
このように都合4回の県中詣でとなったのでした(入院までが中々大変です)。
Ⅱ-193 入院準備期間

県中1回目の受診から入院当日までは二ヶ月余りでしたが、その間「入院」が頭から離れません。緊張までは行かないものの新型コロナが第Ⅴ類に変わって宴席も少しずつ出てきましたが、遠慮してしまいました。又、自分が中心となってしなければならない企画や会合も先延ばしにすることに。特に、予定されていた檀信徒の年回忌法要については、事情を正直に打ち明け、(「場合によっては」も考え)退院後の翌月以降に変更して頂きました。その他、このホームページについては翌月以降の原稿を事前に作成。諸々の機関、団体からの依頼への断りや延期。このように入院前に出来ることは全てやり切り、延期できるものは先延ばしをするという覚悟を持って事に当たりました。
そして入院日近くになり、入院時に持参しなければならない品々をスーツケースに入れる準備も大なる作業となりました。入院当日、スーツケースを持って我が家を出る私を見送った次女は「なんか海外旅行に行くみたい」と。確かにコロナ前の海外旅行時の準備に似てはいたものの、事前準備は海外旅行どころではなく、正に大なる作業でした。心の中に「場合によっては・・・」がいつもあったからでしょうか?
Ⅱ-194 いよいよ入院

入院初日(7月4日火曜日)、10時に妻の運転で県中に。妻とは「それじゃ!」と玄関で別れ、入院の事務手続きの上、指定された6階の病棟に。身長・体重測定の上、病室に入ったが、身長が「161.5㌢です」との結果にちょっとビックリ。若いときは確か165㌢、退職以後は163㌢と思っていたからです。この時も歳を突きつけられた感じでした。
入院中の説明を受けた後、11時に下剤を服用。「午後8時までに排便が無かったら浣腸です」とのこと。午後は生理検査室で心電図の後、放射線科で胸の写真。ここで現職時代の仲間のNさんに。「患者名を見て、あっタルイシさんだぁ」と。経緯を簡単に説明、わずか1~2分の会話だったが、気がほどけた感じになったものです。
その後は何の予定も無く、持参した資料とパソコン作業に入るも、なぜか集中出来ず、テレビを見るもこちらも余り集中出来ない妙な感じに。やはり明日の手術のせいか。食事は昼と晩におかゆを中心とした消化の良い食材料理。ただ、塩気が薄く「旨い!」とまではいかない。日頃は塩分に注意しているのだが、管理栄養士が来室して「この塩味に慣れてください、ご自宅でもこのくらいで」との指導。
夜はいつもの習慣で8時過ぎにはベットに。しかし眠くない。30分ほど前には眠気があったのに。仕方ないので少しの間テレビを見ることに。しばらくして入眠。ところが眠りが実に浅い、1時間毎に目覚めてしまう状態。いつもは毎晩の晩酌で気分良く熟睡なのだが。とうとう朝まで同じ状態で一夜を過ごしたのでした(酒だけではなく翌日の緊張感です)。
Ⅱ-195 入院2日目(除去術日) その①

いよいよ手術の日、通常は朝5時に洗腸剤を飲み始めるのだが、私の場合はこれまでの経験から反応が遅く、きれいになるのに時間がかかることが分かっていたので、看護師さんに頼んで、1時間早く飲むことに。4時に併せて看護師さんが2リットルの洗腸剤を持ってきてくれました。2000㏄を2時間かけて。これが一番苦手なものの、冷たい液を口の中で温めながら・・・。5時40分頃に初めての反応便がありました。人によっては飲み始めて1時間後にある人もいるということですので、やはり私の反応は遅く最終の9回目の排便は7時45分頃でした。看護師さんの最後の排便確認で「大丈夫です」と。
その後は術後に備えた点滴管の確保と導尿管の挿入です。手術前と手術後の2時間は「安静時間」が必要ということで、尿道に管の挿入となりました。9時になって内視鏡室からお呼びがかかって6階の病室から1階に。事前に家族の待機を求められており、既に妻がこの時間に合わせて内視鏡室前で待っていました。「では!」と挨拶して部屋に入りました。既に担当医をはじめスタッフが待機、着替、入歯、眼鏡を外していよいよ治療(手術)台に。
目の前に内視鏡からの映像が出るモニター画面があり、私もスタッフと一緒に見ることが出来ます。カメラが入るとピンク色のきれいな大腸内部が。しかしカメラが進むと所々に残留便があるです。先生によると大腸憩室があるためとのことでした。そうです2年前にはこの憩室の炎症で入院したのでした。有り難くない困った「憩室」です。カメラは奥に奥に進み、遂にポリープにたどり着きました。私にはどのような手順で処置を行うか全く分かりませんが、電気メスで患部を切り取る(私には切り裂くように見えたが)様子が、よく見えました。
痛みは全くなしでカメラ挿入からものの15分程経った頃、「はい、終わりました!」と先生から一言。「エッ?」と私はビックリ。それまでは準備で今からが本番ではないかと思っていたのです。事前の説明で患部の場所が大変奥にあること、ポリープがヒダに隠れて見にくく、形態がなだらかなため「チョット時間がかかる」と伺っていたので、私は1時間はかかるのではと思っていいたからです。切り取るだけでなく、止血処置も含めて何とも驚くほどの高度技術を駆使したあっという間の15分でした。有り難うございました!
Ⅱ-196 入院2日目(除去術日) その②

手術が終わって妻も呼ばれ、先生からの説明がありました。「無事取りました。取ったものはこれで、やはり18ミリ程でした。これは組織検査に回してその結果は後日お伝えします」と。見せていただくと18ミリとはいうものの印象としては随分小さいく厚さも薄く感じました。「こんなに小さくともキチンとした処置をしないととんでもないことになるのか」との実感でした。
病棟から迎えが来るまでの時間に、「タルイシさんですよネ?」と看護師さんから声がけがありました。「昔、仕事でお世話になったSです」と。しかし思い出せません。「スミマセン、マスクとって頂けますか」と言って外して貰ったところ、懐かしい昔の顔が出て、思い出すことが出来ました。声をかけて頂きやはり嬉しく、緊張感が解けてホッとしたものです。
除去術が終わって妻とも手を振って別れ、病室に戻りました。事前に確保した管にすぐ点滴をつなぎ、その後は2時間の安静です。安静の一番は寝てしまうことなのですが、昨晩の浅い眠りにかかわらず眠くないのです。そこでテレビを見ることにしたのですが、興味ある番組が無く、2時間を過ごすのに一苦労したのでした。安静後導尿管を抜いて頂き、室内は自由となりここで又ホッとしたものです。
夕方5時過ぎ、妻と子ども達に経過良好のメールを発信ました。直ぐ「良かった!安心した!大事に!」旨の返信があり思わずにこっと。
さあ!持ってきた資料とパソコン作業を始めよう!と椅子に座ったのですが、何故か集中出来ないのです。仕方なく、今回入院の経験と顛末を入力しようと気持ちを入れ替え、この文章化を始めたのでした。しかしこれもなかなか集中出来ず、「ダメだコリャ!」として寝てしまうことにしたのです。時刻は夜8時過ぎ、いつもの通り就寝の時間です。ところがです、眠くないのです。眠られないのです。こんな時には無理して寝ようとすればするほど眠れません。「眠気が出るまでテレビ見るか」と意を決してしばらくのテレビ。15分ほどだったでしょうか、スイッチを切り眠ることが出来ました。ところがです。前日に引き続きほぼ1時間毎に目覚めてしまうのです。いつもの睡眠導入剤である大好きな晩酌がありません。この影響が一番大きかったのでしょうか、それともやはり入院という特殊環境がそうさせたのでしょうか。目覚めるたびに時計に目をやると朝まではまだまだの時刻なのです。このようにして長ぁ~い一夜を過ごしたのでした。
