いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第28回

緩和ケア医療に学ぶ生と死
【生と死の考察】27~31

「正岡子規の言葉」

 今回のこの項は、余命僅かの患者さんに少しでも前向きになっていただくことを正岡子規の言葉を踏まえて考えたいと思います。

Ⅱ-27 「入院生活」の特徴 ~ 単に死に行く病棟ではない 正岡子規を例に ~

 患者さんは限られた余命の日々が単なる「死を待つ」日々となり、日に日に元気をなくし、うつ状態に陥ってしまう危険性をはらみます。どのような人も残り僅かな人生を前に平気で、平常心で、それまでと変わらぬ状態で生きることは困難です。
俳人・歌人の正岡子規は亡くなる3ヶ月ほど前に記した随筆「病床六尺」で「悟りということは如何なる場合にも平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、悟りといふことは如何なる場合にも平気で生きていることであった」と書いています。この随筆は新聞の連載として始まり、亡くなる二日前まで続けられたものですが、正に自身の死期を覚る中での絶筆です。
このように、緩和ケア病棟の患者さんも衰える肉体の中で迫り来る死期の日々を生きるということなのです。したがって会話の減少、ベッドから中々起きあがらない、表情がさえない、食欲の減少、不眠等々のうつ状態になるのはある意味当たり前の事とも言えるのではないでしょうか。

Ⅱ-28 「入院生活」の特徴
     ~ 単に死に行く病棟ではない 目標を持っていただこう ① ~

 うつ状態の患者さんには、精神科医の対応が必要となります。面接と抗うつ剤の投与が治療の中心となります。緩和ケア病棟を立ち上げた当初、症状の改善にビックリしたことを思い出します。その改善には勿論のこと病棟スタッフ、家族の協力(対応)があってこそのものです。
 この項の前回、Ⅱ-22で述べましたが、患者さん自身が「自立」を失っても「自律」が大切であり、日々の生活が全て受け身になってはなりません。患者さんにとって限られた余命の日々が単なる「死を待つ」日々とならないように、今生きている患者さんの「自律」にスタッフ・家族が働きかけるのです。
 具体的には以前にも述べましたが、どんな小さなことでも目標を持っていただこうとする働きかけです。

Ⅱ-29 「入院生活」の特徴
     ~ 単に死に行く病棟ではない 具体的な目標を持っていただこう ②~

 当然ですが患者さんの生活暦、家族、環境、趣味等々は全部異なります。その患者さんに寄り添い、スタッフは患者さんの現在のニーズ、関心事、心配事等々を把握します。孫(子供)の部活(スポーツや文化)・卒業・入学・就職・結婚・出産、懐かしい(諍いをした)友人、手塩に掛けた菜園・園芸、会社経営、自分死亡後の家庭、墓参、小旅行、温泉入浴等々キリがありませんが、その患者さんには必ず何かあります。
その中で実現できる目標を持って頂くのです。その実現のため、スタッフと家族は協力して対応することとなります。容体が許せば泊まりがけの温泉(山形県は全市町村に温泉)や墓参。結婚式や卒業式等への参加。そのために介護車・酸素吸入などの手配、学校・ホテル・旅館への説明と対応依頼。場合によっては看護師の同行もあります。

Ⅱ-30 「入院生活」の特徴
     ~ 単に死に行く病棟ではない 具体的な目標を持っていただこう ③ ~

 趣味の菜園や園芸で自宅に外出の場合もあります。特に山形県は、菊の花や盆栽が盛んです。菊の栽培に打ち込んできた患者さんにとつては、水や肥料のやり方、陽の当て方に消毒など、入院中の患者さんにとっては心配で心配で‥‥。この様な場合にも態勢を整え、出来るだけ要望に添えるよう努力します。
 又、「この世とあの世の架け橋」で菩提寺への墓参を希望される患者さんもおります。当寺の檀家さんの場合は、「死ぬ前にオヤジの年回忌法要を済ませたい」との強い希望で、この地方では珍しいご自宅の仏壇前で法要を実施したこともありました。

Ⅱ-31 「入院生活」の特徴
     ~ 単に死に行く病棟ではない 具体的な目標を持っていただこう ④ ~

 一方で、容体の関係で病室から出られない患者さんについての対応が特に大切です。最もうつ状態になりやすい状況下にあるからです。スタッフと家族は病室で実現できる目標を患者さんと共有するために努力を惜しみません。
 患者さんとの対応でどんな小さなことでもかまいません。その患者さんにあった目標を探します。孫(子供)が結婚する。結婚式には出られないが、式が済んだら花嫁姿で病室に来て貰おう! 患者さんが育てた菊があと一週間で咲く! 昔懐かしい(諍いがあった)友人に来て貰おう! 間もなく孫が生まれる。 あと一ヶ月で孫(子供)が卒業(入学)だ!‥‥等々。

 次回は、痛みが緩和し病状が落ち着いた場合を中心に述べます。