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住職法話 「いかに生き、いかに死ぬか」

トップページ > 住職法話 > 第91回(X.仏教に見る祈りと教え -仏教を今に生かす「いかに生きるか」の考察- 91〜101)

第91回

(平成30年10月1日)
X.仏教に見る祈りと教え

 前回前々回のこの項では、  お大師さまの名言を紹介し、そのシリーズの途中ですが、今回は一時中断して今年(2018年)6月23日の沖縄県「慰霊の日」、糸満市の平和祈念公園で行われた沖縄全戦没者追悼式の中、浦添市立滝川中学3年生・相良倫子(サガラリンコ 14歳)さんが読み上げた平和の詩「生きる」が大反響を呼びました。私自身、テレビニュースでその一部を見て感動、後日多くの新聞などにその全文が紹介されました。相良さんの詩を改めて読ませていただき、私は感動のみならず相良さんという仏様からの教えを受けた思いを深くしたのです。
 多くの方が全文を読んでおられるとは思いますが、今回は、急遽「14歳の仏様の教え」という想いから平和の詩「生きる」を紹介します。
 尚、詩「生きる」の全文は長いので、私なりに10項目に分散して掲載しました。ご了承下さい。

X−91 平和の詩「生きる」@

 私は、生きている。マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕(はら)んだ風を全身に受け、草の匂いを鼻孔に感じ、遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 私は今、生きている。私の生きるこの島は、何と美しい島だろう。青く輝く海、岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、山羊(やぎ)の嘶(いなな)き、小川のせせらぎ、畑に続く小道、萌(も)え出づる山の緑、優しい三線の響き、照りつける太陽の光。

X−92 平和の詩「生きる」A

 私はなんと美しい島に、生まれ育ったのだろう。ありったけの私の感覚器で、感受性で、島を感じる。心がじわりと熱くなる。
 私はこの瞬間を、生きている。この瞬間の素晴らしさが、この瞬間の愛(いと)おしさが今と言う安らぎとなり、私の中に広がりゆく。たまらなく込み上げるこの気持ちをどう表現しよう。大切な今よ、かけがえのない今よ
 私の生きる、この今よ。

X−93 平和の詩「生きる」B

 七十三年前、私の愛する島が、死の島と化したあの日。小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。優しく響く三線は、爆撃の轟(とどろき)に消えた。
 青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、戦艦で埋め尽くされた。火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、燃えつくされた民家、火薬の匂い。着弾に揺れる大地。血に染まった海。魑魅魍魎(ちみもうりょう)の如(ごと)く、姿を変えた人々。阿鼻叫喚(あびきょうかん)の壮絶な戦の記憶。

X−94 平和の詩「生きる」C

 みんな、生きていたのだ。私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。彼らの人生を、それぞれの未来を。疑うことなく、思い描いていたんだ。
 家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。仕事があった。生きがいがあった。日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。それなのに。壊されて、奪われた。生きた時代が違う。ただ、それだけで。無辜(むこ)の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

X−95 平和の詩「生きる」D

 摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。私は手を強く握り、誓う。奪われた命に想(おも)いを馳(は)せて、心から、誓う。
 私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。もう二度と過去を未来にしないこと。全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。生きる事、命を大切にできることを、誰からも侵されない世界を創ること。平和を創造する努力を、厭(いと)わないことを。

X−96 平和の詩「生きる」E

 あなたも、感じるだろう。この島の美しさを。あなたも、知っているだろう。この島の悲しみを。そして、あなたも、私と同じこの瞬間(とき)を一緒に生きているのだ。
 今を一緒に、生きているのだ。だから、きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを。本当の平和を。頭じゃなくて、その心で。戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを。平和とは、あたり前に生きること。その命を精一杯(いっぱい)輝かせて生きることだということを。

X−97 平和の詩「生きる」F

 私は、今を生きている。みんなと一緒に。そして、これからも生きていく。一日一日を大切に。平和を想(おも)って。平和を祈って。なぜなら、
 未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。つまり、未来は、今なんだ。

X−98 平和の詩「生きる」G

 大好きな、私の島。誇り高き、みんなの島。そして、この島に生きる、すべての命。私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

X−99 平和の詩「生きる」H

 これからも、共に生きてゆこう。この青に囲まれた美しい故郷から。真の平和を発進しよう。一人一人が立ち上がって、みんなで未来を歩んでいこう。

X−100 平和の詩「生きる」I

 摩文仁の丘の風に吹かれ、私の命が鳴っている。過去と現在、未来の共鳴。鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生きゆく未来に。
 私は今を、生きていく。

X−101 平和の詩「生きる」を読み終えて

 皆さんもご承知の通り、6月23日「慰霊の日」は沖縄の皆さんにとって忘れることのできない特別な一日です。第二次世界大戦中の沖縄戦は、20万人超の戦死者を出しましたが、その半数近くは兵士以外の一般人と言われています。
 日本軍の組織的戦闘が終結した日が昭和20年6月23日とされ、この日を沖縄慰霊の日と定められました。以後、戦没者の霊を慰めると共に平和を祈る日として今日まで脈々と受け継がれてきたのです。
 さて、相良倫子さんの詩にもどります。「生きる」の朗読は、放課後に国語の先生と朗読の練習積み上げ、原稿を見ず6分半に亘る堂々としたものでした。会場では感激と感動の拍手が送られましたが、全国の人々や著名人からも感動の便りが数多く寄せられているとのことです。
 この詩は、曽祖母の沖縄戦体験を聞いて作詞したとのことですが、私には冒頭で述べたように仏様の教えを頂いてるような想いで一杯です。御霊を慰め、戦争を憎み、平和を希求し、今を生きる決意が心の底に伝わってくるではありませんか。単に悲しみ平和を願うのではなく、「過去と現在、未来の共鳴。鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生きゆく未来に。私は今を、生きていく」と。実に実践的ではありませんか。皆さんはこの詩をどの様に読んだのでしょうか?

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