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臨時法話  平成29年東日本大震災七回忌慰霊並びに復興祈願法要

(掲載日:平成29年3月25日)

圓應寺本堂

 大地震!あの時私は。
 平成23(2011)年3月11日14時46分、私は外出から帰り、居間の堀炬燵に脚を入れた途端の出来事でした。大きなグラグラ、そのうち治まる…と思っていましたがその大きな揺れは、家屋のきしむ不気味な音とともにむしろ大きくなります。やや治まりかけたと思ったところに第二派の強烈な揺れ、そしてその揺れは三派にまで続いたのでした。すぐの停電、幸い水道は大丈夫でほっとしたものですが、これまで体験したことのない強烈な地震に恐怖感が全身にみなぎり、精神はピリピリの状態でした。
 直ぐ本堂に走り、ご本尊は大丈夫か、その他の仏像は、位牌堂のお厨子は…そして墓石も含め幸いにも直接の被害はありませんでした。その後も大きな余震が続き、びくびく状態が続きました。
 夕方を迎え、突然「ロウソクを分けてもらえませんか!」の訪問者。そうです、私の所は寺院ですのでローソクに苦労はありません。聴きますとコンビニをはじめ店から食品と共にローソクも無くなっているというのです。それを聞いて近所にローソクを配ることにしました。
 山形市の停電は翌日には回復しましたが、自動車のガソリン給油にはスタンドに早朝から長蛇の列が10日ほど続きました。やっと給油できても「10リッターまで」などの制限があり、車で仕事をする方は大変な状況下におかれたのでした。

法要を待つ内陣の大壇「東日本大震災殉難者諸精霊」の位牌

 去る3月4日、避難者の方々を含め標記法要を執り行いました。その模様と内容を紹介します。 東日本大震災に関する法要は、震災発生直後の四十九日法要から平成26年までは教区主催、その後は当圓應寺主催で6年に亘り毎年執り行ってきましたが、今年を最後の法要として取り組みました。
 諸大徳19人による大法要、導師を務めた私の「表白文」(全文を後記します)の他、管内70人に及ぶ「密厳流遍照講山形村山教区支部」寺院の講員さんによるご詠歌。平成27年と同様に、事前に宗派が呼び掛けている写経にも取り組み、法要の中でご本尊に奉呈の上、後日写経、納経料そして当日協力頂いた義援金103,405円を宗務庁に納めさせていただきました。後半に入り、癒しの演奏としてハーモニカ合奏グループ「山形ハーモニカスターリング」による演奏、地域合唱団「水曜会」の合唱、そして東京芸大声楽科那須琢乙さんの独唱をいただきました。続いて避難者を代表し、福島県から山形市内に避難され、法要に毎回参加された佐藤眞敏氏よりご挨拶をいただき、最後に私からこれまで協力いただいた全ての方々にお礼を申し上げ、大震災と法要によって学んだことについてお話しさせて頂きました。
 以下、次第に沿って紹介いたします。

 午後2時30分、上堂の鐘が「カァ~ン カァ~ン」と承仕を務めた安養寺・設楽和範師によって鳴らされました。これを合図に僧侶の入堂となります。

孫の友那と父親の啓一僧都も入堂です

 孫の友那(ユウナ)は小学四年生ですが、昨年7月に得度式を行いました(別項の臨時法話を参照)。本人もその気十分で今回の法要に父親と共に参加させました。


 本堂の回廊を巡り、私も入堂です。


 静まりかえった中、全職衆が内陣に着座しいよいよ法要の始まりです

 会奉行の開始宣言に続き、髙橋茂雄・圓應寺筆頭檀家総代の挨拶です。隣は、会奉行の地蔵院住職・村山英隆師。

神妙な表情の孫でした

 1時間45分、何とか持ちこたえた孫でした。

「表白文」を読み上げる導師

 6年、7回の法要を振り返り復興を祈念、ボランティアとして支えていただいた多くの方々に感謝申し上げると共に、大震災と法要を重ねる中で学んだ三点について導師としての想いを述べました。詳細は次の「表白文」全文をご覧下さい。

平成29年
東日本大震災七回忌慰霊並びに復興祈願 表白文

 敬って真言教主大日如来、両部界会諸尊聖衆、別しては本尊聖者阿閦如来、弘法大師等三国祖師、惣じては尽空法界一切三宝の境界に白して言さく。
 夫れ、今を去る6年前、平成23年3月11日発生の東日本巨大地震と大津波は、1万8千有余人に及ぶ死者と行方不明者。震災関連死者は3千500人を越え、総計2万2千人を越える事態に。  避難者は最大40万人を越え、いまもって12万人に及ぶ。
 特に福島県にあっては放射能汚染によって12万人の多くの方々が避難され、現在も尚、当山形県に2千800人に及ぶ人々が不自由な生活を強いられ、福島県内・四町にあっては原発事故によって人口ゼロ状態が今なお続く惨禍に。
犠牲となった二万人を越える人々は、その人数の多さだけではなく、その一人一人に大切な家族、友人・知人がおり、その中にその人、その人の人生があったこと。同じく避難者にも家族、友人、知人そしてふる里があったことに深く想いを向ける必要があるものなり。
 大震災以降、四十九日法要をはじめ、毎年この時期に慰霊と復興祈願法要を重ね、本日茲に、避難されている方々も参列し、物故者の七回忌慰霊と被災地の一日も早い復興を共に祈念するもの也。
 この間、法要を重ねて多くのことを学ぶことに。
 その第一は、あの日あの時まで元気な老若男女が一瞬にして命を亡くすという惨事に直面。明日の命が保証される命がないことを改めて思い知らされ、今日という一日を大切に生きることの必要を確認。
 第二に、生活エネルギー、特に電気が失われて省エネが叫ばれる中、暑い時はより涼しく、寒ければより暖かく、そしてもっともっと快適にという欲望の塊になっていたことに気付き、生活に適度の「足るを知る」ことの大切さの確認
 第三に、多くの原発が建設されるも、安全か否かを考えることすらしなかった安全神話の中、世界で唯一の被爆国である私共は原爆と原発は同じ「核」であることに思い至り、全日本仏教会宣言「原発によらない自然エネルギーの社会」づくりの必要を確認。
 伏して想う。
震災当事者の方々にとっては、今なおあの日から現在進行形の時間軸の中にあり、「六年」は何の区切りにならずも、拙衲力及ばずこの七回忌をもって法要を終えることに。
 この間、山形村山教区寺院住職有志各位の長きに亘る多大の協力に深く感謝すると共に、御詠歌教区支部講員の方々には慰霊と復興の真髄に迫る毎回の奉詠を頂き、衷心よりお礼申し上げるもの也。
 更に本年は、癒しの音楽としてボランティア参加頂いた山形ハーモニカ・スターリングの皆さんによる演奏、地域合唱団・水曜会の皆さんによる合唱、そして若き声楽家那須啄乙氏による独唱に感謝すると共に、四十九日法要から一貫して六年間に亘って運営に援助頂いた株式会社・ジョイン・平安典礼に厚く御礼申し上げるもの也。
 ここに改めて檀信徒、地域住民、避難者が一堂に会して物故者諸精霊の七回忌追善菩提と被災地の早期復興を祈念し、多くの方々で取り組んだ「東日本大震災物故者追善菩提並びに被災地復興祈願」写経218巻に納経料24万9千円を添え、当寺のご本尊に奉呈すると共に、追って本山に納めるもの也。
 かつて寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやって来る」との警告を発するも、今、私共は日常的に発生する天災の中で、常に備える心を持ち続けることを個々に確認するもの也。
 改めて失われたおびただしい「いのち」への追悼と鎮魂こそ、私たち生き残った者にとって復興の起点であることを胸に 
 南無大師遍照金剛
 南無大師遍照金剛
 南無大師遍照金剛

 平成29年3月4日
 真言宗智山派
 大慈山圓應寺導師
 少僧正 啓 芳
         敬白

「となぁ~え たてまつる……」

 参加頂いた各支部70人ほどの講員さんによる御詠歌の奉唱です。いよいよ始まりです。「となぁ~え たてまつる……」。

 詠題・詠頭に続き、一曲目の「般若心経和讃」です。

 二曲目は「東日本大震災復興和讃」をお唱えしました。70人という規模で迫力も満点。法要初回から多くの講員さんに参加頂き有難うございました。

写経奉呈

 写経218巻を正法寺住職・村山英俊師に渡す今川政弘圓應寺檀家総代

村山師は承仕に

 更にその写経は承仕に、そしてご本尊に奉呈されました。


納経料奉呈

 同じく納経料(249,000円)が船橋征吾圓應寺檀家総代より永林寺住職・奥平彰良師に。そしてご本尊に奉呈されました。


ハーモニカ合奏

 「山形ハーモニカスターリング」によって、①「ダニーボーイ」、②「千の風」の2曲が演奏されました。ハーモニカの合奏は大変珍しく、柔らかく幅のある優しい音色に聴き入りました。


「水曜会」の合唱

 地域合唱団「水曜会」の皆さんの合掌。「峠のわが家」と「荒城の月」。美しいハーモニーが堂内に流れ、皆さんうっとりです。


那須琢乙さんの独唱

 当寺・檀家の長男である東京芸大声楽科在籍の那須琢乙さんによる若々しい独唱。「浜辺の唄」「花は咲く」の2曲が披露されました。海岸の美しい福島県浪江町から避難されている参加者は、「浜辺の唄」でふる里の景色を想い起こすと共に、東日本大震災チャリティーソングで「NHK大震災プロジェクト」のテーマソングでもある「花は咲く」に避難者の皆さんは目に涙。三者の演奏は心に響き渡り正に癒しいっぱいのものとなりました。


避難者を代表して

 福島県から避難され、これまでの法要に毎回参加された佐藤眞敏さんに避難者の方々を代表してご挨拶を頂きました。大地震と大津波によって家屋と共に先祖代々の位牌も流され緊急避難も、翌日には放射能に追われという慌ただしさの中、ようやく山形市にたどり着いた6年前。山形の生活に慣れるも「ふる里を忘れたことはない」と。毎年の法要に身に余る感謝の言葉も頂きました。「これからもお元気に!」と心の中で。

私からお礼のご挨拶と法話

 最後に私からご協力と参加頂いた全ての皆さんにお礼を申し上げ、大震災と法要を重ねて学んだ教訓をお話しさせて頂きました。その中で特に強調したことは「表白文」でも述べましたが、「明日が保証されているいのちはない!」「だからこそ今日を、今を精一杯生きる」「自分のためだけではなく人のためにも!」。そして今回の法要が最後になったことについて、「6年・7回忌の区切りと言うことは、犠牲者と避難者の方々にとっては何の意味もありません。拙衲力及ばず」とのご挨拶を申し上げた次第です。

職衆の退堂

全日程を終了し、退堂する職衆です。

皆さんに義援金をお願いしました

 出口で義援金のお願いをしました。大勢の方々にご協力頂きました。


外で奮闘頂いた役員さん ご苦労様!

 裏方で奮闘頂いた、寺の役員(総代・世話人)さんです。春三月とは言え、山形の3月4日は、まだまだ冬です。寒い中、駐車場係、受付係を担当して頂きました。室内でも8人、総勢13人の役員さんに奮闘いただきました。6年間、本当にご苦労様、有難うございました。


当日の職衆

 【配役等】
 主催 山形村山教区 大慈山圓應寺
 協賛 教区寺院住職等有志
  導 師  埀石啓芳 圓應寺住職
  一 臈  遠藤光延 威徳寺住職
  二 臈   渡辺良仁 平塩寺住職
  三 臈   沖津宣照 光徳寺住職
  四 臈   設楽壽一 安養寺住職
  五 臈   高松光一 光明院住職
  六 臈   村山英俊 正法寺住職
  七 臈   奥平彰良 永林寺住職
  八 臈   佐藤快雄 地蔵寺住職
  九 臈   茅原英盛 常明寺住職
  十 臈   埀石啓一 圓應寺 中
  十一臈   神尾裕典 観音寺住職
  十二臈   埀石友那 圓應寺 中
  十三臈   林 隆弘  寳藏寺住職
  会奉行  村山英隆 地蔵寺住職
  承 仕   設楽和範 安養寺 中
  諷 経   神尾良祐 宗覚院 住職
       茅原浄盛  常明寺長老
       鈴木重行  妙見院住職
 全体進行  駒林 博  圓應寺総代

地元のテレビ局の取材も

 【法要次第】
(進行担当)
先、装束の鐘  第一鐘 2時
次、集会の鐘  第二鐘 2時15分
次、上堂の鐘  第三鐘 2時30分
 ・ホラ貝師に続き
先、導師、職衆 入堂 着座
(これより会奉行担当)
先、開始宣言
次、主催者挨拶(圓應寺総代・髙橋茂雄)
次、智山勤行式(懺悔文~開經文) 全員唱和
次、黙 祷(2時46分)  打鐘(18打)
次、導師登礼盤
次、奠 供
次、表白文
次、理趣経  勧請句・百字偈・讃歎句・合殺
次、阿弥陀如来根本陀羅尼
次、詠歌奉唱
  ①「般若心経和讃」1、4番     ②「東日本大震災復興和讃」
次、写経・納経料奉呈
次、光明真言 七反
次、南無本尊界会      三反
次、南無両部界会 三反
次、南無大師遍照金剛 三反
次、南無興教大師 三反
次、廻向震災物故者精霊   三反
次、南無法界萬霊 三反
次、至心廻向
次、終 鐘
(これより進行担当) 
次、癒しの演奏
   ① ハーモニカ合奏  ・ダニーボーイ  ・千の風
   ② 合唱 ・峠のわが家   ・荒城の月
   ③ 独唱     ・浜辺の唄    ・花は咲く
  次、避難者代表挨拶 
次、主催者挨拶・法話 埀石啓芳 圓應寺住職
次、終了宣言
次、導師、職衆 退堂

将来の住職!?

小学4年生の孫です。よく頑張りました!

法要を終えるに当たって

 今回の法要で規模の大きい法要は最後になります。来年以降は各寺院毎のお参りになります。当寺は、少なくとも3月時の檀家法要に合わせ、「東日本大震災殉難者諸精霊」を入れてお参りしたいと思っています。又、法類が合同で執り行うという案も出ています。
 繰り返しになりますが、これまでご協力頂いた多くの方々に心より感謝申し上げると共に、御霊に心を寄せ、被災地・被災者の回復と復興を心から祈念申し上げます。

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