住職法話

住職法話 「いかに生き、いかに死ぬか」

トップページ > 住職法話 > 第40回(W. 日々の生活の質をいかに高めるか -生活の質の考察- 32〜43)

40回

(平成26年7月1日)
W.日々の生活の質をいかに高めるか

 先回この項では自死の具体例について述べました。今回はこれまでの流れとは変わりますが、去る5月21日(2014年)、大飯原発運転差し止め訴訟の判決が福井地裁で言い渡された内容について紹介し考えてみたいと思います。判決文が私たち日常の「いかに生活の質を高めるか」の観点からも重要な内容を持つと考えるからです。

W−32 大飯原発運転差し止め訴訟 〜福井地裁判決〜 2014.5.21


第4回 東北六魂祭 in 山形 2014年 5月 24〜25日
山形県仏壇商工業協同組合作成・新調御輿

判決文紹介の意味合いについて@

 去る5月21日、標記訴訟の判決が言い渡されました。 判決内容は原告団の主張をほぼ全面的に認め再稼働を認めないものとなりましたが、その結論に至る判決文が大変な評判になっています。
 今回の判決文は、私たち日常の「いかに生活の質を高めるか」の観点からも重要な内容を持っています。
 そこで今回は、急遽その判決文の概要を紹介し、原発の持つ危険性を改めて考えると同時に、私たちの日常生活を考える一助としたいと思います。

W−33 大飯原発運転差し止め訴訟

山形・花笠踊り @

判決文紹介の意味合いについてA

 2011年3月11日の東日本大震災による福島第一原発事故によって多くの人々が生活圏を追われ、今なお厳しい生活を強いられています。
 これらのことについては真言宗智山派山形村山教区を中心に開催した「東日本大震災殉難者(四十九日一周忌三回忌)並びに復興祈願法要」 (臨時法話を参照)等でふれてきました。
 宗教界としても現代の最大の社会問題でもある原発に対してどのように考えるのかが問われています。

W−34 大飯原発運転差し止め訴訟

山形・花笠踊り A

判決文紹介の意味合いについてB

 一方で政府は、「原子力規制委員会による厳正な審査によって安全性が確認された原発は、再稼働を認めていく」とともに、原発の輸出に積極的に取り組んでいます。
 この様な状況の中で、各界のアンケート調査によりますと、国民の過半数は原発再稼働に反対し、原発に頼らない生活を求めており、私もその中の一人です。
 原発廃止について「直ちに廃止」「脱原発」「卒原発」など再稼働に対する考え方にはいろいろありますが、 今回の判決文は原発に対する考え方そのものについて私たちに基本的指針を提起しているようにさえ思えるものです。

W−35 大飯原発運転差し止め訴訟


青森・ねぶた @

判決文の概要@ 〜裁判所の基本的立場〜

@ 「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。 人格権は憲法上の権利であり、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制化においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない」として、
A 「人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、 (原発運転)差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく、人格権そのものに基づいて(再稼働の)差止めを請求できることになる」との立場を明確に示しました。

W−36 大飯原発運転差し止め訴訟


青森・ねぶた A

判決文の概要A 〜福島原発事故について〜

@ 「15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている」
A 「家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遙かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない」
 以上のように、福島原発事故を命の問題としてとらえています。

W−37 大飯原発運転差し止め訴訟

岩手・さんさ踊り @

判決文の概要B 〜原発に求められるべき安全性〜

@
「命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利ということができる。原子力発電所の稼働は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである」
A
「大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広く奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い」
B
「かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である」

 以上のように人格権を踏まえ安全性を厳しく認定しました

W−38 大飯原発運転差し止め訴訟

岩手・さんさ踊り A

判決文の概要C 〜原子力発電所の特性〜

 「いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。 このことは、他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって、その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である」
 このように原発の持つ本質的危険を指摘しました。

W−39 大飯原発運転差し止め訴訟

秋田・竿灯

判決文の概要D 〜結論〜

 「国民の生存を基礎とする人格権を放射能物質の危険から守るという観点からみると、 本件原発に係わる安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、 むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない」
 「被告は本原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、 その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」
 「本原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流失や喪失というべきでなく、 豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている」
 「被告は原子力発電所の稼働がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、 原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、 環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである」
 「本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を容認すべきである」

との判決を下したものです。

W−40 大飯原発運転差し止め訴訟

宮城・(七夕)すずめ踊り

この判決から学ぶもの@

 この項の「判決文紹介の意味合いについて」で若干述べましたが、 「命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分」を憲法に照らし合わせた法理論によって、明快な判決となりました。 したがって判決文は極めて論理的哲学的であり、感動さえ覚える内容です。
 私はこれまで、このホームページの「臨時法話」の中で、東日本大震災の法要、仏教国・ブータンの紹介等で何回か述べてきましたが、 単に「原発反対」と言うだけでは実のある反対にはならないのではないかと思っています。
 私たち一人一人が、「より明るく、より快適にそしてもっと便利に」という次から次へと続く欲望から「足を知る」生活を日常的に実践することが必要ではないでしょうか。

W−41 大飯原発運転差し止め訴訟

福島・わらじ祭り @

この判決から学ぶものA

 私たちは、暑い時はクーラーを目一杯、寒いときは暑いほどに暖房を効かせた生活。正に電気を湯水の如く使って来たのではないでしょうか。 その結果が、知らず知らずのうちに原子力による発電を容認することになったのです。
 重ねて述べることになりますが、私たちは今、「足を知る」日常的実践が必要とされています。 私は、生活の場である庫裡では夏場のクーラーを使わず、扇風機に戻しました。その結果「扇風機ってこんなに涼しかったんだ!」の実感です。
 その他、不要の電灯、テレビ等こまめに消すことが日常になりました。

W−42 大飯原発運転差し止め訴訟

福島・わらじ祭り A

この判決から学ぶものB

 私たち日本人は原爆の被災を受けた唯一の国民です。しかし「原爆は核の戦争利用、原発は核の安全利用」などと理屈分けしてきたように思います。
 しかし私の場合は、原発の安全神話の中で「安全かどうか」を考えることにすら到っていませんでした。 「無関心ほど最大の責任」と言われますが、正にその中に居たのです。

W−43 大飯原発運転差し止め訴訟

祭りを盛り上げた ブルーインパルス

この判決から学ぶものC 〜宗教者の一員として〜

判決文の「根源的人格権」は、宗教上も同じ観点に立つことが出来る人としての「根源的人格権」です。
宗教界にあって原発に対する論議が行われてきましたが、宗派によって考え方が様々です。
原発問題に対して「世の流れ、政治的な課題に余り首を突っ込むな」「原発で多くの人が生活している」 「廃止したら原発の科学者がいなくなる」「経済的基盤が崩れてしまう」等々から「宗教的、仏教的、宗派的課題としては相応しくない」 として原発問題に一線を画す考え方があります。当圓應寺が所属する真言宗智山派に例を取りますと残念ながら「原発廃止」を明確に表明するまでには到っておりません。
私たちの宗派にあっても、今回の判決文から学ぶことが必要ではないかと思います。東北・北海道地区は「原発は止めよう!」との意見ですが、全国的に見るとかなりの温度差を感じます。
最大の社会問題に正面から目を見据え、「根源的人格権」に宗教界、宗教者として応えていくことが、今求められているのです。
一宗教者として今後も発信し続けていきたいと思っております。
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