住職法話

住職法話 「いかに生き、いかに死ぬか」

トップページ > 住職法話 > 第3回(U.緩和ケア医療に学ぶ生と死‐生と死の考察‐ 1〜4)

第3回

(平成23年6月1日)

第3回は、緩和ケア医療に学ぶ生と死について考えてみます。

U−1. 緩和ケア医療と私の関わり

 はじめに緩和ケア医療と私の関わりについて述べます。

 私が住職の一方で平成16年に定年退職するまでの25年間、山形県立中央病院の医療福祉相談員として勤務しましたが、その間約5年間は院内の「緩和ケア医療研究会」に所属し、「緩和ケア病棟」新設の必要性を訴え、折良く病院移転新築と同時に緩和ケア病棟が新設されることになりました。

 その後、具体化を進める「緩和ケア病棟検討部会」での事務局長として「緩和ケア運営要綱」を取りまとめました。

 平成13年5月、緩和ケア病棟も含めて新病院が開院しました。以後、退職までの3年間、その病棟の一員として勤務(兼務)し、患者さんの具体的相談業務に携わると共に、「緩和ケア病棟入退棟検討委員」の一員として病棟の運営に参加しました。

 退職後も緩和ケア医療の各種勉強会に参加しております。

U−2. 緩和ケア医療とは

山形県立中央病院緩和ケア病棟・専用出入口山形県立中央病院緩和ケア病棟・専用出入口

 簡単に「緩和ケア医療」を説明したいと思います。

 全国には現在200を越える「緩和ケア」病棟がありますので、かなり一般的になってきていると思いますが、「住職の法話」第1回で述べたように、医療の現場や一人一人の患者さんに照らしますと、まだまだの感じを持っています。

 長い間、医療・医学そして医療機関は、患者さんを一年でも一ヶ月でも、いや一日でも長生きさせることが使命でした。医学の進歩、最先端医療を駆使しながらその目的に向かって邁進してきたのが、その歴史だったと思います。
 ガンの患者さんについても抗ガン剤、手術、放射線療法を駆使し、延命に焦点を当ててきました。結果、患者さんは抗ガン剤の副作用に苦しみながら多くの方が、「痛い痛い」の日常の中で、死期を迎えることになります。その間、痛みは身体の苦痛に止まらず、精神的にも憔悴しきってしまいます。
 命はあってもその「延命期間」は、その患者さんの人格をも奪ってしまうような日々とも言えるものです。このような懸命の治療にかかわらず、患者さんが亡くなると「医療・医学の敗北」。 このような事態に、医療界に於いて反省の機運が生まれてきました。

「人はいつかは死ぬ」
「その人らしい人格を持って死を迎えてもらうのも医療界の責任では?」

 等々の反省から、「ガン治療の限界」と相談しながら、ガンと闘う大きな手術や積極的な抗ガン剤の使用をせず、専門医の医療用麻薬投与によって身体と心の痛みを緩和する「緩和ケア医療」が登場することとなりました。
 痛みからの解放によって、心身共に落ち着き、患者さんは残された時間をその人らしく、課題が有ればそれに向かって過ごすこととなります。

私は、この医療について「もう一つの最先端医療」と思っています。
 最近は、その専門の病棟である「緩和ケア病棟」だけでなく、「緩和ケア医療チーム」をもつ医療機関、地域にあっても開業医の医師の中で緩和医療を担当する医師が増えつつあります。

U−3. 在宅死と医療機関死

医療機関における死亡割合の年次推移

 私達「人」は、数限りない「生きもの」の一種です。
 「生あるもの何時かは滅す」の定めの通り、私達はいつの日にか「死」を迎えることになります。例外なく避けることの出来ない「死」。日本社会ではその最期を迎える場が大きく変わりました。
 グラフに見るとおり、昭和26年に亡くなった人の8割以上は、自宅で最期を迎えました。しかし年々その割合が減少し、ついに51年に在宅死と医療機関死の割合が逆転、現在は、8割以上の方が医療機関で亡くなり、在宅死は一割を少し越える事態となっています。
 この逆転には幾つかの理由が考えられます。

@少子高齢化、核家族化に伴う家族看護力の低下
A第一次産業従事者の減少とゆとりの少ない生活化
B医学の進歩によって、一日でも長く生かそうとする最先端医療とそれを期待する家族

等が考えられるのではないでしょうか。

 「在宅死一割」は、人の人生観と死生観に大きな影響を与えているように思います。
 家族や家庭生活の場以外の「死」は、「人はどのように死んでいくのか」という大切な人生の学習にはなりません。特に多くの子供達にとっては、亡くなったお爺さんやお婆さんは、気が付いたら「棺の中で動かない姿」になっていたという、結果としての「死体」に出会う事になってしまいます。
 家族と共に生きてきたお爺さんやお婆さんがどのように体が弱り、精神的にも弱っていく中で、孫達にその姿と心を見せないままの死は、子供達にとって「人はいつかは死を迎える」という過程的実感に乏しい事になります。
 同時に「お爺さんやお婆さんは一日でも長く生きたかったのに」という実感に乏しく、自分たちも大事な一日を送ろうという反面教師にならないのではないでしょうか。
 又、亡くなる方にとっても家族から離れた場で孤独と闘いながら死を迎えることになってはいないのでしょうか。
 医療福祉相談員として勤務していた経験では、入院中の大多数の患者さんは、「家に帰りたい」「畳の上で死にたい」という意向です。
 しかし前述のような事情もあり、結果として多くの方が病院で死を迎えることとなってしまいます。

U−4. 死亡原因第一位の「ガン」、その痛み


32歳ガン漂流Evolution 著:奥山貴宏 牧野出版発行
表紙もまた痛みの苛烈さを伝えるかのよう

 平成21年、日本国内の死亡者は114万4千人でした。その中で、ガンによって亡くなった方は34万4千人で、心臓病17万9千人脳卒中12万1千人を大きく引き離して、一番の死因となっております。

 そのガンの痛みについて、山形県出身のライター・奥山貴宏氏は、著書「32歳ガン漂流」で次のように述べています。

─「痛みがあると、ホントなんにもできないんだよね。何しろベッドに横になるだけでも苦痛だし、眠ることすらできない。」

─「つくづく、非人道的な病気だと思う。肉体が単なる拷問道具になってきているような気すらする。」

──と。

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