いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第155回

日々の生活の質をいかに高めるか
【生活の質の考察】167-171

「「第二の人生」とか「余生」と言われた「老後」をいかに生きるかを考えたいと思います。」

前回のこの項では、健康に関する内容と、気になるテレビと新聞の内容について述べました。

今回から・・・・・NKKラジオ深夜便で放送された高齢者の生き方について、示唆に飛んだ三人の内容を3回に亘って紹介し、人生80年いや100年と言われる現代にあって、かつては60歳(一部は65歳に)の定年後は「第二の人生」とか「余生」と言われた「老後」をいかに生きるかを考えたいと思います。
 その一人目(今回)は、2022年10月に放送された精神科医の和田秀樹先生の「80歳の壁は乗り越えられるか」。二人目は、同年1月に放送された東京大学名誉教授の秋山弘子先生の「私終いの極意」。三人目は同年7月に放送された生命誌研究者の中村桂子先生の「人は自然の一部『老い』もいとおしい」についてです。

Ⅳ-167  和田先生 ①ーⅰ ~70歳代と80歳代の違い~

 和田先生は、高齢者専門の精神科医として30年以上多くの患者さんを診てきました。その専門的体験から「老後」の生き方について大変参考になる教授がありました。先ず、70代と80代は見た目や活力が明らかに違ってくるというのです。「認知症は80代以降の病気というのが実感だが、メンタルの状態によっては若い80代も、うつになれば10歳は老けるし、逆にアクティブな人は10歳くらい若く見えることも」と。又、「70代では5~10%、80代になると3割ほどの人が身体機能や知的機能が落ち、90代では6割ほどに」なるとのことです。言われてみれば私たちの周りの人もその傾向にあるように思います。

Ⅳ-168  和田先生 ①ーⅱ ~70歳代と80歳代の違い~ 

 人々は自身の体力や記憶力の衰えなどについてよく言います。70代の人は「60代と違う、歳を感じる!」。80代の人は(当の私も該当するのですが)「80過ぎると70代とはまるで違う。80になって分かった!」と。90代の人も・・・・。これらの教え(?)は、年上の方が年下の人に語られるのが一般的です。それを聴いて「ああそんなもんかなぁ・・」と半ば他人ごとのように受け止めてしまっているのではないでしょうか。

 しかしよく考えてみると、人生の先輩の教えです。しかも一人や二人の言葉ではありません。同じようなことを多くの人から語られる(聴かされる?)ことを将来の自分に重ね合わせ、人生訓として捉える姿勢が本当は必要なのです。ついつい「又、同じようなことか・・・」などと片付けてしまってはいないでしょうか。

Ⅳ-169  和田先生 ②ーⅰ ~高齢でも元気な人が~

 前項のように80歳代になると身体的・知的機能低下が目に見え、90代では顕著になります。しかしどの世代でも元気に過ごしている人がいます。先生はそのための方法を次のように提起しています。90歳代で先頭に立って働くウナギ屋と寿司屋さんの例を挙げて、仕事を続ける能力を維持することの大切さを説きます。認知症の人については、ご家族が「これもやれなくなった」「5分前のことも忘れる」などと、出来なくなったことを挙げるが、出来なくなったことを嘆くより、今できていることを減らさないようにすることが大事であることを指摘。その上で、多くの人が「高齢者の記憶や知能が落ちることを心配するが、先に落ちるのは意欲であること。その意欲が落ちても体を動かし、頭を使うようにすることで、脚力や知能の低下を抑えることが必要」であり、「認知症の人は意欲が落ちていることが多いので、デーサービスに定期的に通い、頭や体を使うと進行を抑えることが出来る」との提案です。

 さらに先生は「ずっと歩き続けている人は80代でも歩くことが出来る。ところが意欲が低下して歩かなくなると、歩けなくなってしまう。60代までは、歩かなくとも歩けなくなることはまずないが、~中略~70代では(歩かなくなると)てきめんに歩けなくなってしまう。70代で頭や体を使い続けるかどうかで、どのぐらい若さや元気を保てるかが違ってる」と述べています。

Ⅳ-170  和田先生 ②ーⅱ ~高齢でも元気な人が~

 これまでも折に触れて述べてきた私のウオーキングです。60歳で定年退職して一年後、自分の大腿部の異常なやせ細さに気付き、「これではダメだ!」と意を決して歩き始めたのでした。私の場合は、先輩の教えを受けて始めたのではなく、病院勤めの中で、「体の衰えは大腿部の筋肉の衰えから始まる」ことを見聞きしていたからでした。アレから約20年、雨が降ろうと積雪があろうと関係なく、毎日の習慣として6キロ強を歩き続けています。その上で数年前からはその半分をスロージョキングにしています。

 さて、問題はこのウオーキングに要する時間と歩数です。毎日、同じコースを歩き、タイムと歩数を記録しているのですが、(以前にも触れましたが)現在は70分、9千歩程です。思いっきり「今日は頑張るゾ!」として目いっぱい頑張った時だけ60分切りで8千歩代の状態です。歩き始めた60代の頃は、日常的に50分代で7千歩後半だったのです。記録を振り返ると70歳後半から徐々に落ち始めたのが分かります。さらに「歩幅が狭くなるのは認知症の始まり」との学説もあります。そうですいつまでも若くはないのです。そして80代になると「70代とは随分ちがうなぁ・・・・」と。正にこれが実感なのです。

Ⅳ-171  和田先生 ③ ~健康に80歳を超えて生きるポイント~

先ずは、①「動ける限り動くこと。安易な引退は考えず、今やれていることをいかに続けられるかを考えること。」②食生活については「たんぱく質をしっかり摂取すること。肉と魚、どちらも食べるようにすること」が必要とのことです。そのほかに、③うつを防ぐ神経伝達物質のセロトニンを増やすためにも日光をしっかり浴びることが必要であること。④「定年後に友達がいるかどうかは、その後の老化に大きな影響」を与えること。⑤何か趣味を持つこと。⑥毎日を実験だと思い新しいことに挑戦してみること。例えば通ったことのない道を通ったり、読んだことのない著者の本を読む、使ったことのない食材を使ってみるなどの実験をすること。

 最後に先生は、「肩書きよりも名前で生きたい~中略~地位が高かった人でも晩年みじめな思いをされる方がかなりいる。肩書きはどんなに頑張ったところで70歳ぐらいで手放さないといけない。しかし作家とかその人の名前で生きている人は、定年がなくいつまでもその人としての人生でいられる」とのことで、先生ご自身も「肩書きよりも『和田秀樹』という名前で生きていけるようになりたい」とのことです。

 この先生の指摘を受け、私自身のことを考えますと、県立中央病院医療福祉相談員を定年退職した後、住職一本で生きてきました。住職としては退職後、より充実した内容を築いてきたつもりでいますので、「住職」が、この私をここまで長生きさせている一因なのかも知れません。