いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第137回

日本社会の現状
【福祉的社会学的考察】149-152

「「円の実力低下」と生活への影響」

 この項の「Ⅰ 日本社会の現状」から、 「 Ⅴ 仏教に見る祈りと教え」まで、先月で28巡しました。今月から又、 「Ⅰ 日本社会の現状」に戻って現代社会の私達の生活」を見ていきたいと思います。前回のこの項では男女格差と所得格差について述べました。今回は、我が国の「円の実力低下」と生活への影響について述べます。

Ⅰー149 円の実力、50年振りの低水準

箱根

 円の実力、50年ぶりの低水準になったことが、今年(2022年)2月17日国際決済銀行(BIS)から発表されました。それによると今年1月時点の「実質実行為替レート」は、2010年を100とした場合、67.55となり、1972(昭和47)年6月以来の円安水準になったということです。

 「実質実行為替レート」は、通常目耳する円とドル、円とユーロ等の二国間レートと異なり、60カ国ほどの通貨を比較し、それぞれの国の物価や貿易量などを含めて計算された数字で、その通貨の総合力が分かる数値です。円はかつて1995年に実質実行為替レート150.85の最高値をつけたことがあり、当時はⅠドル70円台という時代でもありました。しかし現在の数値が50年前の水準になったということは、円の実力が大きく低下したことによって、購買力そのものも大きく低下している大変な事態なったということです。我が国は原材料を輸入に頼る国ですが、ロシアによるウクライナ侵攻、新型コロナウイルスによる国際的な原油高のほか、銅などの非鉄金属、大豆や小麦などの穀物、材木等が高止まりしている中、実力低下によってより一層の高値で輸入せざるを得ない事態になっているのです。

 この輸入物価の上昇の影響は、次第に消費者物価の上昇(小売価格の値上げ)に繋がって来ています。日々購入の原油を代表するガソリンや灯油の価格をはじめ、食料品や日用品各種、そして電気、ガス料金にも及んでおり、6月~7月の二ヶ月間で約3000品目物の値上げが実施されました。さらに「食品主要105社が年内に実施したか予定している値上げが、6月1日時点で一万品目を突破した」と帝国データバンクが発表(6月2日山形新聞)。私たちが日々値上げ(高値)を実感する段階を越え、生活を直撃する事態になっているのです。

Ⅰー150 円安メリットが小さく

 一方で、「実質実行為替レート」水準低下(円安)により、輸出がしやすく増加するという見方もあります。確かに、かつて「輸出に頼る日本は、円安はプラスに働く」と言われてきました。しかし近年は大企業ばかりではなく、多くの企業が海外に生産拠点を移し、円安でも日本からの直接輸出量はあまり増えず、円安のメリットは次第に小さくなってきていると言われています。

 最近(2022年)の円安を対ドルの関係でその動きを見ると次のようになります(7月15日現在)。

  • 3月17日、1ドル118円、瞬間的には119円となり、円安が話題に。その後、3月一時、1ドル125円台。 4月にも、一時、125円台に、2015年6月以来、6年10か月ぶりの円安・ドル高水準。
  • 4月13日、一時20年ぶりに126円台にネットでは「2002年5月以来、19年11カ月ぶりの水準に下落した。日米の金融政策の違いなどを背景に今年3月以降、金利の高いドルを買って円を売る動きが強まり、円の下落幅は11円を超えた。ウクライナ情勢の悪化による資源価格の高騰に円安が拍車をかけ、家計の負担が重くなる心配が高まっている。」と。
  • 4月18日 一時、1ドル=127円台に。2002年5月以来19年11か月ぶりの円安水準
  • 4月19日の東京外為市場で、ドルが128円台に上昇した。2002年5月17日以来約20年ぶりのドル高、円安水準。日本当局からの円安けん制発言が相次いだものの、日米金利差拡大が意識されドル買い、円売りが一段と加速。
  • 4月28日、一時131円台に
  • 5月9日、1ドル=131円30銭台まで円安が進行
  • 6月06日、133円ちょうどに。日銀と他国との金融政策の違いが鮮明の影響
  • 6月09日、134円台に。
  • 6月13日 、135円台に。2002年2月以来、20年4か月ぶりの円安ドル高水準に
  • 6月21日、136円台に。 24年ぶりの円安水準
  • 6月29日、137円台に突入
  • 7月14日、139円台前半に急落、24年ぶりに円安水準を更新

 このように急激な円安水準の背景にあるのは、先述した円の「実質実行為替レート」低下に加え、日本とアメリカの金利の差が大きく影響しています。アメリカでは記録的なインフレが進み、物価上昇を抑えるため、アメリカの中央銀行にあたるFRBは、大幅な利上げを決定。 一方、の我が国は、景気回復が遅れ超低金利が続けられおり、アメリカとの金利差がさらに広がるとの見方から、円を売ってドルを買う動きにつながっているのです。

 3月以来、僅か数ヶ月の間に、20円ほどの急激な円安となり、一部には「150円台になる」との見方も出ているほどです。この一連の円安に、「又安くなったか」と慣れてしまったような感覚で受け止めてしまいそうな中、食品の値上げは、さらに増えて今年中に1万5000品目に達し、中には複数回の値上げ品も出る深刻な事態になっているのです。

Ⅰー151 主要国通貨の中で最もレートを下げた円

 主要国通貨(米ドル、カナダドル、ユーロ、英ポンド、中国人民元、韓国ウォン、日本円)との比較を見ることにします。近年の数値になりますが、2021年に比較して実質実行為替レート水準が低下した通貨は、上記七カ国通貨の中でユーロ、韓国ウォンそして円の三通貨ですが、円は韓国ウォンをも下回り、最もレートを下げた通貨になってしまいました。

 私ごとですが、世界的新型コロナ禍にあって、20年以降海外に出かけることが出来ていませんが、最後に出かけた19年の北イタリアの時にも、旅行代金と現地での買い物の割高感を思い出します。今後、コロナ禍が収束し、海外に出かける機会があるとすれば、より一層の割高になっていることは間違いありません。今後の円の実質実行為替レートの見通しについて、今年(2022年)2月23日朝日新聞は、ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏の「今後も低下基調が続きそうだ。輸入コストが膨らみ、家計の負担感が強まる可能性がある」との見解を掲載しました。

Ⅰー152 何故、円安になったか

 それでは何故、円の実質実行為替レートが低下したのでしょうか。長く続いた安倍政権下でのアベノミクス、その象徴としての黒田日銀総裁によって行われた大型金融緩和政策がその原因ではないでしょうか。具体的には為替市場への介入、超低金利政策と量的緩和によって円安を誘導してきた経緯があります。欧米では利上げなどの金融引き締めにシフトしている一方で、日本は今後も金融緩和を中心としてこれまでの政策を続けようとしているように見えます。このような情勢から円の実力の上昇が見えなくなっているのではないかと思うのです。

 2022年3月3日付山形新聞は「直言」で、ノンフィクション作家の佐藤政明氏の日本衰退について、次の見解を掲載しました。「2012年に登場した安倍晋三首相が掲げた『アベノミクス三本の矢』である。第一の矢は大胆な金融緩和で、流通するお金の量を増やしてデフレマインドを払拭する。第二の矢は機動的な約10兆円の経済対策予算によって、政府が自ら率先して需要を創出する財政政策。第三の矢が民間投資を喚起する成長戦略。具体的には規制緩和によって民間企業や個人が実力を発揮できる社会をつくる。 アベノミクスはしょせん絵に描いた餅にすぎなかった」と。       

 欧米に比べ物価や賃金が上がらない状況が続く中にあって、輸入物価の上昇による消費者物価の値上がりが起きていることは先ににも述べましたが、貿易収支も悪化することによってさらに円安(円売り)になってしまうことも考えられるのです。

※先月の7月8日、元総理大臣安倍晋三氏が銃撃され、万人の元気回復の願いにもかかわらず、お亡くなりになりました。心よりお悔やみ申し上げるとともにご冥福をお祈り申し上げます。

合 掌

Ⅰー153 思い起こすかつての石油ショック

 1973(昭和48)年に私たちは第一次オイルショック(石油危機)を経験しました。街の店先からトイレットペーパー、紙おむつ、洗剤などが消えてしまいました。一方で物価は「狂乱物価」と言われたほどの値上がりでした。私事ですが、娘の紙おむつ買いに奔走した苦い経験を思い出します。あの時代の到来は二度と御免被りたいの思いでいっぱいです。実質賃金が上がらない中での物価高は、低所得者層、片親世帯、そして非正規労働が多い女性など、いわゆる「社会的弱者」と言われる方々により一層の生活困難をもたらします。事態は予断を許しません。

※「実質実行為替レート」を発表した国際決済銀行は、主要国・地域の中央銀行をメンバーとして、1930年にスイスに設立された組織。日本銀行は、1994年(平成6年)9月以降、理事会のメンバーとなっており、2021年(令和3年)6月末時点で、わが国を含め63か国・地域が加盟しています。