圓應寺 住職法話
住職法話 第135回
日々の生活の質をいかに高めるか
【生活の質の考察】146-151
「生活保護について」
前回のこの項では、朝日新聞「看取り士」と「オンラインに参加しますか?」の記事ついて内容を紹介すると共に、私の考えを述べましたが、今回は今年(2022年)2月11日朝日新聞に掲載された「生活保護は機能不全 制度解体しかない」との岩田正美氏の考えを取り上げます。
Ⅳ-146 衝撃的考え、生活保護を解体・・・。
その朝日新聞は「生活保護は機能不全 制度解体しかない ~八つの扶助をニーズに合わせ部分利用可能に 困窮者が万策尽きる前にカバー~」とのタイトルで、「貧困問題を研究してきた第一人者」の岩田正美氏の論調を、ほぼⅠページにわたって記者との一問一答形式の記事を掲載しました。以下、その内容を主旨を損なわない範囲で簡略化して紹介しますが、かつて福祉を学びその仕事をしてきた私にとっては、正に衝撃そのものでした。福祉を学んで(大学)から56年、現場を離れて18年になる私は、今の福祉や社会保障について行けない頭になっているのかも知れませんが、古い頭で問題提起のつもりで岩田氏の考えを紹介すると共に、私の考えも述べ、皆さんと一緒に考えてみたいと思うのです。
その前に岩田さんについて、その朝日新聞に掲載された原文で紹介します。「(岩田正美氏は)日本女子大名誉教授。厚生労働省社会保障審議会委員、同審議会生活保護基準部会部会長代理などを歴任、生活保護行政に有識者として関わった。『貧困の戦後史』など著書多数。2021年11月『生活保護解体論 セーフティネットを編みなおす』を出版」
Ⅳ-147 岩田正美氏の考え ①
【記 者】
コロナ禍で「生活保護は権利」と国も呼びかけ、利用すべき人は増えています。なぜ今「解体論」か
【岩田氏】
~略~あえて解体を言うのは、制度が劣化して、「いま貧困状態にある」人が利用できていないからです。コロナが深刻化して2年近くなりますが、保護人員、保護率は上昇していません。「安全網」として頼れる制度なら、はるかに多くの人が利用しているはずです。もうだめだ、解体して抜本的に見直すほかないと考えました。
【記 者】
それほどまでに生活保護が「使えない」のは、なぜでしょうか。
【岩田氏】
生活保護の根底には、戦前から続く貧困救済の考えが残っています。最後の最後に・・・・という点が強調され、~略~預貯金も資産も何もかも失って、万策尽きた困窮者が申請し、衣食住をまるごと保障する仕組みです。生活保護には、生活扶助、住宅扶助など八つの扶助がありますが、これらをニーズに応じて「単品」で使うことはできない。こうした制度のあり方が根本的な問題。
Ⅳ-148 岩田正美氏の考え ②
【記 者】
社会保障は、保険料を負担してサービスを受ける社会保険、自己負担が難しい場合などに、税を財源とする生活保護でカバーする構造。その位置づけに課題があるのでしょうか。
【岩田氏】 日本の社会保障は、社会保険を中心に発展してきた。しかしそれを補うはずの生活保護は、あまりに遠い、特殊な位置に置かれている。非正規雇用の増加などで「皆保険・皆年金」からこぼれ落ちる人が増えているのに、そうした人が、生活保護をきちんと利用できていません。
【記 者】
生活保護への偏見、烙印が最大の壁になっている
【岩田氏】
その烙印も、『最後の・・・』 という制度のあり方と深く関わっています。何もかも失った困窮者が対象なので、どうしても家賃や公共料金、税金の滞納、多重債務などの問題を抱える人が多くなります。~中略~本来はそこまで追い詰められる前に、使いやすい所得保障制度をおいておく必要があると思います。
Ⅳ-149 岩田正美氏の考え ③
【記 者】
八つの扶助をどう「解体」するのでしょうか
【岩田氏】
八つの扶助をときほぐして、多くの人が利用している社会保険などの低所得対策に溶け込ませるように配置した方がよいと考え、一部は年金制度に、一部は国民健康保険にくっつけて、というイメージです。
【記 者】
具体的には?
【岩田氏】
医療扶助、介護扶助は、それぞれ国民保険、介護保険に取り込み、利用者負担がゼロになる「負担ゼロ」の所得区分を新たにつくります。また高齢者への生活扶助を代替えするものとして、年金制度のそばに「年金支援給付」を設けます。無年金あるいは年金があっても最低生活費に届かない人は、この給付を受ける仕組みです。
【記 者】
仕事を失った現役世代への支援は
【岩田氏】
失業者への所得保障は雇用保険と連動させます。現在は、月10万円の給付金をもらいながら職業訓練を受ける求職者支援制度があります。この給付金支給を職業訓練から切り離し、「求職者支援給付」として独立させます。これが生活扶助の代わりになります。ただ、貧困に陥る原因は失業だけではありませんから、「生計維持給付」のような一般的な給付も残す必要があるでしょう。義務教育の教育扶助については、家計の苦しい家庭への学用品などを援助する「就学援助」制度を拡充させ、現行の生活保護基準より少し上の層までカバーすればいいと思います。貧困に陥るリスクが高いひとり親家庭は、遺族基礎年金を見直して、新たに「ひとり親世帯等基礎年金」にしては、と考えています。児童扶養手当はここに吸収します。
【記 者】
住宅扶助は
【岩田氏】
日本の社会保障のおかしいところは、「住宅手当」がないことです。~略~生活困窮者自立支援制度のなかに期間限定の「住宅確保給付金」があります。これと住宅扶助を組み合わせて、新たに期間制限のない「住宅手当」をつくります。若年から高齢期まで使える、全世代型の社会保障です。
Ⅳ-150 岩田正美氏の考え ④
【記 者】
「解体」によって財政負担はどうなりますか
【岩田氏】
医療扶助や介護扶助は基本的にお金の付け替えです。一方、新たに創設する住宅手当には相当の財源が必要になりますし、制度を使いやすく再配置すれば、利用者が増え、財政支出が増えることは予想されます。~略~一定の財政負担は避けられないと思います。
【記 者】
生活保護の機能不全については同感ですが、現行制度を利用しやすくする、制度の支援領域を広げるという見直しではダメでしょうか。
【岩田氏】
「水際作戦」と言われる自治体窓口の不当な対応を解消したり、扶養紹介など利用を阻む運用を見直したりすることは、もちろん大切です。ただ伝えたいのは、生活保護制度だけをみていてはダメだということです。~略~様々な扶助を社会保険の仕組みのそばに置き、特別な位置づけに追いやらない方が、最低生活保障を強化できると思います。
【記 者】
財政難による国の社会保障費抑制の流れのなかで、「解体」で安全網が弱体化する懸念はありませんか。
【岩田氏】
解体後の社会保障は、今の生活保護の「最低限度」を下回らないことが大前提です。 ~略~ 働き方や暮らしの変化に対応していない制度は変えなければならない。
【記者の「取材を終えて」】
「『生活保護は嫌だ』。年末年始の食糧支援の会場でも、そんな声を聞いた。その日の食や住む場所がなくてもなお忌避される制度を、本当に「最後の安全網」と呼べるのだろうか。生活保護「解体」という大胆な提言には異論もあるだろう。ただ最低生活保障の機能不全への危機感を共有する人は、少なくないはずだ。賛否は別として、提言を社会保障改革の論議に生かすべきでないか」と。
引用:2022年2月11日朝日新聞に掲載「生活保護は機能不全 制度解体しかない」より
Ⅳ-151 岩田氏の提言に対して・・・・私は
先ず驚きました。憲法で保障された国民の最低生活を守る最後の砦であり、「権利としての社会保障」その象徴が生活保護制度なのですから。学生時代、このことをたたき込まれた私にとって、新聞の見出し「生活保護は機能不全 制度解体しかない」が目に入り、「何? 解体?!」と。考えたこともない「解体」でした。
さて、岩田氏の提言を読んでの私の想いです。結論から申し上げますと、私は岩田氏の考えに反対です。その理由は次の通りです。
憲法25条の、国が国民の最低生活を保障するために出来た法律、その生活保護法がなくなるということは、25条を守る国の責任がぼやけてしまうことになり、結果、社会保障全体の低下や崩壊に繋がると思うからです。氏は、記者の「『解体』で安全網が弱体化する懸念はありませんか?」の問いに「解体後の社会保障は、今の生活保護の「最低限度」を下回らないことが大前提です」と答えていますが、憲法の象徴としての法・生活保護法を解体してしまっては、「財政難による国の社会保障費抑制の流れのなか」(記者)で、ますます社会保障関係予算化が抑制されることになるのではないでしょうか。近年、保護費に切り下げが目立ちます。2006年に老齢加算が廃止、15年に住宅扶助の引き下げ、18年からは生活扶助を最大5%の引き下げと母子加算の引き下げが行われました。このような行政の流れを考えると、私は、氏の提言にはどうしても賛成できないのです。
他にも氏の提言に疑問点があります。たとえば、氏は「年金制度のそばに『年金支援給付』をもうけます」としていますが、それは現実的なのでしょうか。現在、少子高齢化と人口減少のなかで、年金制度自体が危ういとも言われています。そこに「年金支援給付」を設けることは現実的に可能なのでしょうか。国が全額負担することなどは考えられず、結果として現役の年金掛け金を増額しなければなりません。ますます年金制度が危うくはならないのでしょうか。
但し、氏の指摘にあるように、生活保護行政には改善すべき点は多々あるように思います。「水際作戦」と言われる自治体窓口の対応や、親族への扶養紹介などの改善はきわめて重要です。
私が現職の医療福祉相談員の頃のことですが、病院で相談に乗った方の生活実態を伺い、生活保護受給を勧めるケースがよくありました。ご本人の納得を得た上で、住所地の相談窓口(多くは福祉事務所)に電話を入れ、事情を説明し、ご本人に窓口に行っていただきます。後日、再度病院相談室に来て頂き結果を伺うのですが、自治体の対応に大きな開きがありました。
生活困窮者に積極に対応する窓口の一方で、出来れば保護を断りたいというように見える自治体がありました。従って後者の自治体に紹介する際の私の電話は、困窮内容を事細かく説明し、保護受給に繋るよう努めたものでした。
この項で先述しましたが、私は福祉を学んだ大学から半世紀を超えて56年、福祉の現場を離れて18年になります。従って今の福祉や社会保障について行けない頭になっているのかも知れませんが、古い頭で問題提起のつもりでこの問題を取り上げました。
以上の、生活保護行政の問題については、かつて以下の三回に亘って述べましたので参考ください。
①2019年4月「生活保護行政の問題 ~小田原市のジャンパー事件~」