いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第156回

仏教に見る祈りと教え
【仏教を今に生かす「いかに生きるか」の考察】

175~179

「仏教に見る祈りと教え」

この項の前回で、仏教の根本的教えであると共に実践的原理(課題)でもある「四諦・八正道(したいはっしょうどう)」の前半を述べました。今回は八正道の後半とともに、当圓應寺で使用している「圓應寺勤行聖典」を紹介します。

Ⅴ-175「八正道」①

お釈迦様は、これまで述べてきた四諦の最後である「道諦」を更に詳しく述べ、次の8項目の修行法を伝えたのです。

①「正見:しょうけん」
 私たちの心身を含め全ての物事は無常であり、常に変化しているということを認識して見ることです。以前にも触れましたが、当真言宗智山派が発行している「智山勤行式」にある「十善戒」の一句、誤った見方で人や物を見ないという「不邪見 ふじゃけん」にも通ずる内容です。

②「正思惟:しょうしゆい」
 正しく考え判断することです。人をはじめとする全ての生きものや自然を害さない。怒りにまかせた行動をしない。貪欲を捨てる。財産、名誉、地位など俗世間で重要視されるものから離れ、快楽を求める心を戒めることを意味します。

③「正語:しょうご」
 正しい言葉をつかうことです。これも上記「十善戒」にある、嘘・偽りを言いませんの「不妄語:ふもうご」、飾り言葉やおべんちゃらを言わない「不綺語 ふきご」そして人を傷つける悪口を言わない「不悪口:ふあっく」に通じます。

④「正業:しようごう」
 正しい行いをすることです。これも「十善戒」にある、むやみに生きものを傷つけない「不殺生:ふせっしょう」、盗みをしない「不偸盗 ふちゅうとう」、男女の道を正しくの「不邪淫 ふじゃいん」を意味します。

Ⅴ-176「八正道」②

⑤「正命:しょうみょう」
 正しい生活をして人々の命に貢献する仕事をすることです。先に述べた「十善戒」の殺生をはじめとする反道徳的職業や仕事をせずに生活をすることです。

⑥「正精進:しょうしょうじん」
 正しい努力をすることで、次の四項目の努力のことです。

  • 既に発生してしまった不善を断じ解消すること。
  • 未だ起こっていない(起こるかも知れない)不善を起こらないようにすること。
  • これまでの善が消滅しないようにすること。
  • 未だ生じていない善が生じるように精進することです。

⑦「正念:しょうねん」
 正しい自覚をすることです。邪念を払い常に仏道を心に思いとどめることを意味し、正しい気づかい、注意、思慮のことです。

⑧「正定:しょうじょう」
 正しい瞑想をすることです。精神を統一して迷いのない清浄な境地に入ることで、瞑想によって集中力を高めたこの「正定」と前項⑦の「正念」によってはじめて、①の「正見」が得られるのです。

以上、仏教の根本的教えであると共に実践的原理(課題)でもある「四諦・八正道(したいはっしょうどう)」について述べました。お釈迦様は、「四諦」(四つの真実)を踏まえ、その上で「八正道」を 実践することによって一切の苦しみから解脱することが出来ることを説いたのでした。正にものの見方・生き方・考え方の一大指針ですが、日々の生活の実践的課題として心して生きていきたいものです。

Ⅴ-177「園應寺 勤行聖典」①

 この項では2回に亘って「四諦・八正道」について述べてきましたが、この内容・精神を日常的に読み上げている経典があります。真言宗智山派の経典「智山勤行式」を私なりに注釈を付けて作成した「真言宗智山派 大慈山圓應寺勤行聖典」です。その一部を年回忌法要を始め種々の法要時に檀信徒の皆さんと一緒にお唱えしています。その聖典の一部を紹介します。 

その中で特に「十善戒」は「四諦・八正道」の教えに通じるものです。

1、【懺悔の文:さんげのもん】
 我昔より造る所の 諸々の悪業(あくごう)は皆無始の貪瞋癡(とんじんち)に由る身語意(しんごい)從(よ)り生ずる所なり   一切我今皆懺悔(さんげ)したてまつる

《注釈》
私が昔から犯してしまった種々の悪い行為は、全て昔からの貪(むさぼり)瞋(いかり)癡(おろ)かさによる私の行い、言葉、心から生じたものです。私が意識しているいないに拘わらず、一切の悪業をご本尊様の前で悔い改めることを誓います。

2、【三歸禮文:さんきらいもん】                            

人身受け難し今既に受く佛法聞き難し今既に受く此の身今生に度せずんば更に何れの生に於いてか此の身を度せん大衆(だいしゅう)諸共(もろとも)に至心に三寶(さんぼう)に歸依(きえ)したてまつる 

《注釈》
この世の中に人として生まれることは、極めて希なことことであるのに、今このように人として生まれ生きている。しかも仏の教えに出会うことも難しいのに、今こうしてみ仏の教えを聞くことが出来た。もし今、修行し悟りを獲得しないなら、何回生死を繰り返して悟りを獲得できるでしょうか。全ての人々と一緒になって、心から、(佛)悟りに導く仏様、(法)仏様の教え、(僧)その教えを保持し伝える人々の三宝におすがりいたします。

Ⅴ-178「園應寺 勤行聖典」②

3、【十善戒:じゅうぜんかい】

弟子某甲(でしむこう)盡未來際(じんみらいさい)

《注釈》仏の弟子としての私は、未来永遠に十の戒めを守り、努力することを誓います。 

不殺生(ふせっしょう)《注釈》むやみに生きものを傷つけません

不偸盗(ふちゅうとう)《注釈》ものを盗みません

不邪淫(ふじゃいん)《注釈》男女の道を正しくし、乱しません 

不妄語(ふもうご)《注釈》嘘・偽りを言いません 

不綺語(ふきご)《注釈》飾り言葉、オベンチャラを言いません 

不悪口(ふあっく)《注釈》人を傷つける悪口を言いません 

不兩舌(ふりょうぜつ)《注釈》二枚舌を使いません 

不慳貪(ふけんどん)《注釈》貪欲に物に執着しません 

不瞋恚(ふしんに)《注釈》憎んだり怒ったりしません 

不邪見(ふじゃけん)《注釈》誤った見方で人や物を見ません

Ⅴ-179「園應寺 勤行聖典」③

4、【發菩提心眞言:ほつぼだいしんしんごん】                            

おん ぼうちしった ぼだはだやみ 
《注釈》
悟りに向かう心を起こそうとする真言「我いま菩提心を起こす」

5、【三味耶戒眞言:さんまやかいしんごん】

おん さんまやさとばん
《注釈》
行者と三味耶(仏のさとりへと導く力)とが一体であることを自覚し、密教の世界に入る決意の眞言

6、【開經文:かいきょうのもん】   

無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は百千萬劫(ひゃくせんまんごう)にも遭い遇う(あいおう)こと難(がた)しわれ今見聞(けんもん)し 受持(じゅじ)することを得たり願わくは如來の眞實義(しんじつぎ)を解(げ)せんことを  

《注釈》
この上なく深く測りがたい仏様の教えは、多くの時間をかけても、なかなか出会うことが難しい。しかし今私はこの有り難い教えを見聞きし、心にとめることも出来ます。
願うところは、仏様の教えの本当の意義を理解できますように。