いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第112回

日本社会の現状
【福祉的社会学的考察】117~123

「新型コロナの影響」

 この項の「Ⅰ 日本社会の現状」から、「 Ⅴ 仏教に見る祈りと教え」まで、先月で22巡しました。今月から又、「Ⅰ 日本社会の現状」に戻って現代社会の私達の生活を見ていきたいと思います。前回のこの項では介護事業の厳しい現状について述べました。今回は国の病床数削減と介護施設さらに医療機関の再編統合と新型コロナの影響について考えます。

Ⅰ-117 病床数の削減と介護施設 ①

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小田原城

 2015年6月、政府は「2025年までに全国の病院病床を最大20万床減らす」との方針を発表しました。前回のこの項で、介護施設の経営難と倒産、人手不足で定員まで入所させられないこと等について述べましたが、そのような中で2015年9月安倍総理は「新三本の矢」の一つとして、「介護離職ゼロ」を打ち出しました。しかしながらただでさえ介護施設が足りない中、病床数も減らすというのはどういうことでしょうか。認知症者だけでなく、障がいを持った高齢者への社会的対応はどうなってしまうのでしょうか。その多くは家庭内介護、しかも老老介護を強要することにならないのでしょうか。高齢者の中には単身生活をしている方がかなりおります。「孤独死」ということにも‥‥。

Ⅰ-118 病床数の削減と介護施設 ②

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 国の20万床削減は「高騰する医療費の抑制」という基本姿勢から来ていると言われます。医療費を抑えるには「余分なベットは不必要な入院を増やす」という考えから、比較的高額な入院費を抑え、在宅もしくは介護施設などに移ってもらおうということです。
 この構想は2025年の医療体制を目指した国の「地域医療構想」に盛り込まれたものです。この構想に沿って国は各都道府県にベット数削減を策定させた結果、次のような数字が明らかになりました。先ず、2013年の全国ベット数、135万床を15万6千床(11.6%)減らし、2025年に119万799床になること。次に41道府県でベット数が減り、減少が3割を越えたのは8県(鹿児島、熊本、富山、宮崎、佐賀、徳島、山口、高知)で、2割台の減少は19県となりました。東北6県では全てが減少になりますが、岩手県が最大で29.0%、私の住む山形県は22.7%の減少となります。

Ⅰ-119 病床数の削減と介護施設 ③

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 国は、救急や集中治療対応のベットを減らし、在宅復帰に向けた回復期対応のベットを増やすとしていますが、高齢者が最大となる2025年頃には「医療難民」が広がる危険が囁かれています。又、この減少策により、病院間の統廃合問題も話題となり、近くの病院から遠くの病院に通院せざるを得ないなどの問題も出てくるのです。
 さらにこれまで述べてきたように、介護施設そのものが足りない中にあってその施設は深刻な人手不足の現状にあります。それはこの項の前回で述べたように、介護職の給料は他の職種に比較して相対的に低いため、辞めて他の職種にというのが現状であり、募集しても応募が極端に少ない状況を生み出しているからなのです。加えて新型コロナウイルス感染症の影響が医療機関はもとより、介護施設を直撃しています。マスク不足は医療機関よりも深刻ですし、家族関係者の面会禁止(制限)による混乱が続いています。感染症患者が出た施設では代わりの職員がおらず、労働環境がますます深刻になっているものの職員の補充(採用)は極めて困難な状況下にあります。
 したがって病院から施設への流れはより困難な状況にあります。国は在宅医療・介護を拡大し推し進めようとしているのですが…。
 一方、認知症で徘徊、乱暴などの症状がある人の在宅介護は極めて困難です。昔の家族の介護力と異なり、24時間介護を家庭に求めるのは困難といわざるを得ません。医療費削減という方針、本当に現状を見据えての施策なのでしょうか。

Ⅰ-120 厚労省「公立・公的病院の再編統合」について ①

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 2019年9月26日、厚労省は全国の人口100万人以上の区域にある病院を除いた公立病院と公的病院(日本赤十字社や済生会)の、25%超の医療機関について、実名を挙げ「再編統合の議論が必要」と公表し、この取り扱いを「2020年9月まで取りまとめること」、その再編統合を「2025年まで終えるよう」都道府県に要請しました。厚労省はガンや脳卒中、救急医療に関して①診療実績が特に少ない。②似たような診療実績を持つ医療機関が自動車で20分以内にある。このいずれかに当たる医療機関を公表したということです。具体的には急性期病床の削減、周産期医療の他病院への移管、夜間救急医療受け入れの中止などの役割見直しの検討が主題です。大きな難問が都道府県と国民に投げかけられましが、マスコミでは「強制力と罰則規定がないことや、自治体や住民の反発も予想される」としていましたが、その後全国各地で反発の動きがあり、全国知事会も「住民の不信を招いている」と反発、各界で議論を生んでいます。
 その後厚労省は、20年の1月17日に前年9月に発表した424病院を修正して再編統合の対象病院を440に変更することを発表したのです。それまでの対象病院から7施設を取り除き、新たに20病院を加えるという内容です。新たに加えた20病院の病院名、所在地は公表しませんでした。「いったん公表した病院名を一部撤回するというずさんさや、追加分は非公表とする厚労省の一貫性のなさに、さらなる批判が集まりそうだ」(20.1.18山形新聞)との見方が一般的のように思うのですがいかがでしょうか。

Ⅰ-121 厚労省「公立・公的病院の再編統合」について ②

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 この厚労省の提起についてどう考えたら良いのでしょうか。私は、どうしても国の根本政策に問題があるように感じてなりません。2019年10月に「全世代型社会保障」を作るためとして消費税を10%に引き上げましたが、これとの整合性はどうなのでしょうか。又「地方創生」を叫んで久しくなりますが、これとの整合性にも疑問が大いに出てきます。そしてこれまでこの項でも取り上げてきた一連の生活保護費の削減、ベット数削減と診療報酬の引き下げをはじめとする医療費の抑制政策の延長に他ならないのではないかと思うのです。公立(的)病院は、救急、小児科、周産期、僻地医療などの不採算部門と言われる診療をも多く担当しており、いわば地域住民の最も身近な医療機関なのです。また、前項120の②「似たような診療実績を持つ医療機関が自動車で20分以内にある」との提起についても、前述したように再編統合によって遠距離受診を強要されることになってしまうことも十分に考えられるのです。さらには、既にベット削減を実施した所にも再度の検討を求めています。このような一律的再編統合は果たして妥当なのでしょうか。「全世代型社会保障」「地方創生」の立場でよく考えたいものです。
 この公的病院の再編統合が提起されて以降、対象となった病院を中心に大きな問題が出始めています。先ず医師、看護師をはじめとする職員不足の中、実名を上げられた病院ではますます新規採用が困難になっているだけでなく、離職者の増加にもつながっているということなのです。
 その後、共同通信社による対自治体アンケート調査結果が2020年2月1日に発表されました。同2月2日付の山形新聞によると、厚労省の病院名公表について、「不満」が34%、「やや不満」が29%を占め、全自治体の63%に当たる1132自治体が否定的感想を持っています。その内容として「いたずらに住民の不安をあおり、医療スタッフの不足に拍車をかける暴挙」といった秋田県羽後町の意見を載せています。又、私の住む山形県では不満を示す自治体が7割を占めたと報じています。このように混乱は、当医療機関だけではなく、病院を日常的に利用している地域住民の大きな不安となっているのです。

Ⅰ-122 病床数の削減、公立・公的病院の再編統合政策と新型コロナウイルス感染症拡大問題について ①

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 風邪気味、微熱……「ヒョッとしてコロナ?」。「受付相談窓口は保健所だが何回電話してもつながらない」といった事態が続きました。地域公衆衛生の最先端である保健所は、平成元年に848カ所が全国にありましたが、令和2年には469カ所に激減、約30年の間に45%の減少となったのです。命と健康を守る最前線の機関が「行政改革」「人件費削減」の名の下に減らされてきました。 そのような中で皆さんの記憶に新しい大相撲の28歳の力士・勝武士が、今年(2020年)5月13日、新型コロナウイルス性肺炎で亡くなりました。ことの経緯は、4月4日から38度以上の発熱。何度も保健所に電話するもつながらず、7日までに医療機関も見つからなかったということです。8日に症状が悪化したため、救急搬送もなかなか搬送先が見つからず、夜になって漸く入院できたというのです。勝武士の死は、入院治療の遅れが最大の要因とも言われています。現在の保健所職員の正に殺人的な業務量。そして医療機関にあってはベット削減。この二大要因がこのような事態をもたらしたのです。このような例は、勝武士に限ったものではありません。一般住民の苦境がマスコミで大きく何度も取り上げられました。
 再度、医療機関に目を向けて考えますと、感染症専門ベットを持っている医療機関にあっても、陰圧などの専門ベットをたくさん持っているわけではありません。一般的には2~3床なのではないでしょうか。というのは、今回のような感染症対応として多くのベットを空けておくことは医療機関の経営上出来ないからです。そのため今回の事態に直面した病院は、当然感染症専門ベットでは足りず、平時で使用している一般の病棟を感染対応のためそっくりコロナ対応の病棟に切り替えせざるを得ないのです。その他、平時では一般の重症患者が入るICUにも重症のコロナ感染者が入ることになります。
 一方、公立病院は感染症病床の約6割、再編対象とされた公立(的)病院440の中に、感染症指定医療機関が53施設もあり、新型コロナ対応の拠点となっているのです。

Ⅰ-123 病床数の削減、公立・公的病院の再編統合政策と新型コロナウイルス感染症拡大問題について ②

風景写真

 しかし病院の対応は、このような物理的空間的対応に止まるものではありません。専門の医師が中心になり、診察治療に当たりますが、チームとして働く看護師は各職場から応援態勢を組んで感染病棟に組み込まれますし、生命維持管理装置の操作および保守点検を専門とする臨床工学技士も正に激務となります。 このような異常事態の中で、病院の診療そのものも異常事態となります。一般外来診療の制限、場合によっては一時的な中止。入院抑制と手術件数の削減などは当たり前の状況になり、予定されていたガン患者さんなどの手術が延期され、新たな不安を患者さんに与えてしまう事態ともなっているのです。病院全体としても患者数の減少による経営上の問題が生じていますが、特に感染症患者を受け入れる病院ではその影響が甚大になっているのです。 今回の勝武士関の経緯に代表される、保健所に連絡がつかない、PCR検査が受けられない、入院出来る病院・ベットが無いという事態は、繰り返しになりますが、国の政策である病床数の削減と病院の統廃合と根底でつながっているのです。この異常事態に至って、政府内の一部に病床削減計画を部分的に見直す動きもあるとも言われていますが、国民の命と健康を第一に考え政策実行して頂きたいと思ってやみません。

【補】 この原稿を作成中、上記の病院再編・統合について少し動きがありました。今年(2020年)9月まで都道府県に対して求めていた再編・統合の国に対する報告を新型感染症対応を考慮して「改めて時期や進め方を整理したい」と加藤厚労相が6月5日の記者会見で述べました。これは再編・統合を提起した際、感染症指定医療機関か否かを含めて検討していなかったため、「感染症への対応を取り込んで議論する必要がある」ためとしています。
 これまで述べてきましたように、感染症指定病院は、日常的には不採算である感染症ベットを持つことになりますし、一度感染の患者さんが入院した場合は医療機関の経営自体を脅かすほどの問題になります。したがって指定医療機関の多くが公立・公的病院に集中することになります。別の言い方をしますと公立・公的病院としての役割は不採算部門を抱えながら運営をする責任も持っているのです。
 国民の生活を「新 生活様式」に、といわれています。医療部門でも感染症関係を十分に踏まえ、国民の命と生活を守る「新 医療体勢」作りを望むものです。