いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第84回

有限の人生そして死を意識して
【「いのち」の考察】86~91

「尊厳死について 法制化の動きに反対している関係団体の考え方」

この項については5回に亘って「尊厳死」、「自然死」、「安楽死」、「延命治療」そして「「日本尊厳死協会」について述べました。今回はその6回目として「法制化の動き」に反対している関係団体の考え方などを中心に述べます。

Ⅲ-86.再度「尊厳死」の法制化について

 これまで「日本尊厳死協会」を中心に、法制化のための運動が展開されてきましたが、一方で法制化に反対の動きもあり、現在のところ「尊厳死」について法制化はされておりません。  法制化に積極的な意見を集約しますと ①自分以外(家族など)の意志ではなく、自分で死を決めたい ②延々と続く医療・介護で精神的・経済的に家族に迷惑を掛けたくない ③法律とは異なるガイドラインでは決定力(拘束)がない、等です。

Ⅲ-87.法制化反対について ①

 様々な問題と経緯から尊厳死についての法制化はされておりません。そこで法制化に反対している団体は幾つかありますが、代表的な三団体の意見を以下に紹介します。
◆尊厳死法制化に反対する会 の意見(2012.8.3付 同会のホームページより)の概要です。
 「尊厳死法制化を考える議員連盟」による法制化(案)に対する反対意見として次のように述べています。

 「『終末期』の定義については『二人の医師の判断』で行うとなっていますが、それではなにをもって『終末期』とするのかは、それぞれ医師の『主観』に左右されることとなり、大変曖昧なものであると言わざるをえません。根拠が曖昧である判断を『法律』の中で認めることについて大変疑問を感じます。『人工呼吸器を使って生きる』、『胃瘻や経管栄養で生きる』という重い障がいのある人々にとっては『当たり前でかけがいのない生』を、『尊厳のない生』としてしまう危険性をはらんでいるということも指摘しておかねばなりません。当法人ではどのような様態であろうと、いかなる年齢であろうと、当然に存在する『尊厳ある生』を保障するために活動しており、ある特定の状態を『尊厳のない生』とされることには断固反対。『治療の不開始』の背景に『治療しても重い障がいが残るなら治療せずともいい』という発想がある以上、到底認められるものではありません。また『延命措置の中止』」という言葉が終末期の定義の曖昧さとともに、医療的ケアを必要とする重い障がいのある人々に、日常的に『生きるに値しないいのち』であるかのような重圧をかけることにもなりかねません。必要なのは『治療の不開始』」や『治療の中止』ではなく、『尊厳ある生』を保障するために介護や医療がきちんと保障されることです。」という意見です。

Ⅲ-88.法制化反対について ②-ⅰ

◆元日本弁護士連合会会長・宇都宮健児氏の反対意見(2012年4月4日付 ホームページより)

 「尊厳死法制化を考える議員連盟」が、「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」を国会に上程すると報じられれたことに対しての反対意見(概要)です。
 「当連合会は、2007年8月に、『尊厳死』の法制化を検討する前に、①適切な医療を受ける権利やインフォームド・コンセント原則などの患者の権利を保障する法律を制定し、現在の医療・福祉・介護の諸制度の不備や問題点を改善して、真に患者のための医療が実現されるよう制度と環境が確保されること、②緩和医療、在宅医療・介護、救急医療等が充実されることが必要であるとしたところであるが、現在もなお、①、②のいずれについても全く改善されていない。そのため、当連合会は、2011年10月の第54回人権擁護大会において国に対して、患者を医療の客体ではなく主体とし、その権利を擁護する視点に立って医療政策が実施され、医療提供体制や医療保険制度などを構築し、整備するための基本理念として、人間の尊厳の不可侵、安全で質の高い医療を平等に受ける権利、患者の自己決定権の実質的保障などを定めた患者の権利に関する法律の早期制定を求めたものである。

Ⅲ-89.法制化反対について ②-ⅱ

◆元日本弁護士連合会会長・宇都宮健児氏の反対意見(2012年4月4日付 ホームページより)

 本法律案は、以上のように、『尊厳死』の法制化の制度設計に先立って実施されるべき制度整備が全くなされていない現状において提案されたものであり、いまだ法制化を検討する基盤がないというべきである。しかも、本法律案は、医師が、患者の希望を表明した書面により延命措置を不開始することができ、かつその医師を一切免責するということのみを法制化する内容であって、患者の視点に立って、患者の権利を真に保障する内容とはいい難い。また、『尊厳死』の法制化は、医療のみならず社会全体、ひいては文化に及ぼす影響も大きい重大な問題であり、その是非や内容、あるいは前提条件などについて、慎重かつ十分な国民的議論が尽くされることが必須である。 当連合会は、こうした前提を欠いたまま、人の生命と死の定義に関わり国民全てに影響する法律を拙速に制定することに、反対する。」という意見です。

Ⅲ-90.法制化反対について ③

◆尊厳死の法制化を認めない市民の会反対意見(ホームページより)

 前項の法制化(案)に対して、概略次のように述べています。
 「この法案は、人間の個人的な『死』に関して国家が介入するという政治的なものです。過去にも何度も同じような動きがありましたが、その都度関係者や文化人による反対運動によって阻止されてきました。この度も、法制化の動きは増大する医療費の圧縮や臓器移植への期待などを背景にして活発になってきております。わたしたちは、本来の意味での「死の尊厳」を守るためにこれを阻止しなければならないと考えております」と。
 この他にも日本ALS協会、人工呼吸器をつけた子の親の会、社団法人全国脊髄損傷者連合会、日本脳性マヒ者協会等々から反対声明が出されています。

Ⅲ-91.法制化反対の要約 ④

 反対意見を要約については、2013年12月10日、智山伝法院開設講座「生と死をめぐる倫理的問題について」の講師・阿部宏貴師による要約が的確ですので転載させていただきます。(師は法制化反対論者ではありません)
 ①人間の死は法律に縛られるものではない ②国の医療費削減に利用されるだけ ③いのちの選別につながる ④尊厳死宣言書は健康なときに書くもので、死の直前とは意見が異なる ⑤弱者や障害者にプレッシャーを与える等いずれにしても生と死の哲学、立場の違い等によって意見は真反対になっているのが現状なのではないかと思います。

 ところで、国内の賛成、反対意見を紹介してきた私ですが、私自身の第一歩として今年の正月、身内新年会(子供と孫達を集めた)で、「尊厳死」についての文書を発表しました。今年、後期高齢となる自分を見つめて行きたいと思っています。