いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第184回

有限の人生そして死を意識して
【「いのち」の考察】203〜206

「アノ方々に会っておきたい ①」

 前回は、2024年の一年間、本堂での年回忌法要時に、参拝者の方々にお話しした(説法?)内容を掲載しました。今回は自分自身の年齢(「死」)を意識し、できるだけ早く、今のうちに成し遂げておくべきことを日頃から考えていますが、その中で「アノ方に会っておきたい」という思いから会うことが出来た件と、その関係を含め3回に亘って述べることにします。お会い出来た「アノ方々」は、私にとって大変お世話になった方々ですが、その言葉だけでは言い表すことが出来ないほど懐かしさいっぱいの方々です。そして今このようにして想いを込めて住職としておられるのも「アノ方々」の礎が有ったからこそでもあるのです。アノ方々が元気なうちに、イヤ私自身が元気なうちにお会いして感謝とお礼そして懐かしさに浸りたいと思ったのでした。

 これまでも述べてきましたように、母は49歳、父は64歳で亡くなり、私は83歳(26年)です。我が家の家系では最年長、いつお迎えが来ても不思議ではない”適齢期”なのです。そんな想いからの「アノ方に会っておきたい」、正に終活の一環なのです。

Ⅲ-203 小学4~6年生時の担任の先生 ①

 梅満開、桜の開花が明日あすといった2025年4月上旬(4月5日)、今から70年以上前に小学4~6年生時(昭和28年4月~31年3月)に担任頂いたS先生を表敬訪問することが出来ました。先生も大変喜んで頂いたのですが、私自身感激で胸一杯の想いだったのです。この想いを述べます。

 私が山形県立中央病院の現職で緩和ケア病棟勤務時に、患者さんに教えて頂いたことは沢山あり紹介してきましたが、その中で「今思うと、あの人に会っておけば良かった」との言葉を何回となく耳にし、元気な内に会いたい人には会っておくことの大切さを教えて頂きました。その意味では今の時代での「終活の一環」として捉えて良いことなのかもしれません。

 私自身、何回も触れてきましたように年齢はもう「いい歳」なのです。それを感じながら3年間担任頂いたS先生に、「お陰様で今も元気に住職しています」との報告と感謝をお伝えすべく長い間お会いしたいと思っていたのでした。しかし「その内に」「その内に」と思っている内にズルズルと時が過ぎそして又「その内に」と時が経ってしまっていたのです。

Ⅲ-204 小学4~6年生の担任の先生 ②

 ところが一昨年頂いた年賀状に「100歳を前に、今年を以て年賀状を取りやめ」と頂いたのでした。しかし私の方は返信頂かなくともとの思いで昨年(2025年)も賀状を出し、そこに出来ればお会いしたい旨の内容を書いたのでした。驚いたことに、それを受けて先生ご自身からも会いたい旨の返信を頂いたのでした。

 「よし!今年は何としても!」の決意に至ったのです。そして桜開化直前の日に、100歳(正確には101歳です)のお祝いとご挨拶を兼ねてご自宅を訪問させて頂きました。ご自宅には先生と長女のE子さんがおられました。「先生100歳!お目出とうございます!」

Ⅲ-205 小学4~6年生の担任の先生 ③

 さすがに足腰はご不自由になられ、歩行器を使っての室内移動ですが、意識は清明であり、何よりも発声の明確さと大きさにビックリしました。会話には補聴器が必要でしたが、私との会話のやりとりは十分に可能でした。100歳なのです、その元気さにビックリしてしまいました。

 先生にお会いしたのは約20年前の同級会以来のことになるのですが、先生は私をしっかり記憶しており、会話は具体的にどんどん進むのです。今の時代では考えられないことですが、小学生時に先生のご自宅を訪問したこと。そのご自宅の様子、地下水の池があって冷たくしたスイカをご馳走になったこと。5年生時、卒業式で「送辞」を述べるにあたって必死に書いた原稿を先生にお見せしたところ大部分を直されてしまったこと。私の父親がPTA会長を務めたその思い出。等々・・・・。私達の同級生の名前、その中で亡くなってしまった教え子のこともしっかり覚えているのです。「毎日、新聞のお悔やみ欄を見ている」とのことでした。

Ⅲ-206 小学4~6年生の担任の先生 ④

 私は当時10~12歳、先生は若く綺麗な20代後半の時代でした。今回同席頂いた娘さん、昔は小学生の私から見てもちっちゃな女の子で「○○ちゃん」と呼んでいた方です。今回の訪問に当たり、電話でご都合を伺った際、電話に出た娘さんは、一発で「あっ!圓應寺のタルイシさん!」と、即、私の素性を覚えていてくれていたのです。これまたビックリ、有り難いことでした。その娘さんの同席もあって会話はますます盛り上がったのでした。

 娘さん曰く「母親は、この日を楽しみにしていた、教え子に会えることが元気の源のよう」と。あっという間の一時間半でした。ご高齢100歳になられた方にとって一時間半は限度を越える時間です。まだまだ続く会話でしたが、正に後ろ髪を引かれる思いで席を立ったのでした。

 懐かしさ、喜びと感謝の念が冷めやらず、翌日に感謝の一筆をお送りさせて頂きました。先生有り難うございました。お元気で・・・・。数日後、先生からご自宅で撮られた写真が送られてきました。そこには先生に負けじと歳を感じさせる私が居ました。でも先生も私も元気な顔で!早速アルバムに収録させていただきました。