いかに生き、いかに死ぬか

圓應寺 住職法話

住職法話 第181回

仏教に見る祈りと教え
【仏教を今に生かす「いかに生きるか」の考察】

201〜206

「真言宗の開祖である弘法大師・空海の「即身成仏」①」

この項の前回は、流れを一時中断して、一昨年(2024年)6月に開催された東北・北海道地区山形奉詠山形大会の模様を取り上げました。今回から元の流れに戻って、真言宗の開祖である弘法大師・空海の「即身成仏」を通して、その教えの根本に迫ります。今回はその前半です。

Ⅴ-201 弘法大師・空海の教え ~即身成仏①~

(宗派のイラストより 転載不可 以下同じ)

 真言宗(弘法大師)の教え、その基本的考え方を一言で表現する言葉は「即身成仏」ではないかと思います。では、改めて「即身成仏」とはどういう意味なのか考えたいと思います。「即身」は、この身直ちに、「成仏」は読んで字のごとく仏になるということです。つまり「この身このままで仏になることができる」ということですが、ここで大切なことは「仏になる」ということは、私達衆生が「死んでから仏になる」という意味ではありません。弘法大師は私達自身が「(生きている)この身がそのまま仏になる」ことが出来ると言っているのです。

Ⅴ-202 弘法大師・空海の教え ~即身成仏②ーⅰ~

 ではどうすれば仏になることが出来るのでしょうか。弘法大師は、私達が、身(しん)・口(く)・意(い)の三密を修行することによって、真言密教の究極・大日如来と一体となり、仏になることが出来ると言っているのです。

 私達は、胸の内に悩み、苦しみ、欲望、嫉妬等々「仏になる」とは思えない煩悩を抱えているのが普通ですが、三密修行によって「この身このままで仏になる」ことが出来るのです。

 それでは、「身・口・意の三密を修行」とはどのような修行なのでしょうか。三密行は、「身密(しんみつ)・口密(くみつ)・意密(いみつ)」の三つの行で、身(手)に印を結び、口に真言を唱え、心(意)に仏を想う行のことです。

 最初の身密(手に印を結ぶ)は、手と指を組んで仏の誓願や悟りの内容を示す印を結びます。真言宗で最も一般的な印は金剛合掌です。右手の指が上になるように、両手の指先を軽く交差させた固い固い合掌です。この合掌印は、右手が仏で左は自分を表わしており、仏と自分が一体になることを表わしているのです。「右仏左は我と拝む手の内ぞゆかしき南無の一声」とあります。印は他にも沢山ありますが、ここではこれでとめおきます。

Ⅴ-203 弘法大師・空海の教え ~即身成仏②ーⅱ~

 2番目の口密(真言を唱える)は、仏の真実の言葉である真言を唱えることです。真言は和訳せず梵語のまま唱えます。その代表的真言は、大日如来の光明を一身に頂き心安らぐ「光明真言」です。

 参考までにこの「光明真言」をご紹介します。梵語ですが、真言宗の寺院やその法要時に参加した方の耳に残っているかもしれません。

 光明真言「おんあぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどまじんばら はらはりたやうん」という大変短い真言で、「おすがりします、宇宙に遍満する大日如来よ、その偉大な悟りよ、智慧と慈悲の光明を差し伸べて下さい」という意味です。真言宗の法要時にはよくお唱えされる真言で、通常7回繰り返してお唱えします。

 当寺の境内には「光明真言二萬日回向」「光明真言三萬一千日回向」「光明真言四萬二千日回向」と銘打った記念石塔が建っています。皆さん、2万日いや4万2千日の行です。

Ⅴ-204 弘法大師・空海の教え ~即身成仏②ーⅲ~

 3番目の意密(心に仏を想う)の代表的な行は「阿字観」です。サンスクリット語(梵字)の最初の文字である掛軸に書かれた「阿」字を前に瞑想にふけ、仏と一体になる行です。この阿字は大日如来という考えで、大日如来と一体になることを意味しているのです。

 以上に示した三密修行は、僧侶としての行に近いものと言えるかも知れません。

一般の方向けには、身密は身体や行いを、口密は言葉を、意密は気持ちや考えを正しくする修行と考え、次の修行を提案します。

Ⅴ-205 弘法大師・空海の教え ~即身成仏③~

 それでは、その正しい修行とは具体的にどのような内容なのでしょうか。この項の2024年3月でも紹介し取り上げた、日常的にお唱えしている経典・真言宗智山派「智山勤行式」(補筆して「圓應寺勤行聖典」)にある「十善戒」の実践そのものが、この三密行に当たるものです。ここで再度取り上げます。

①身密
 ・不殺生(ふせっしょう むやみに生きものを傷つけません)
 ・不偸盗(ふちゅうとう ものを盗みません)
 ・不邪淫(ふじゃいん 男女の道を正しくし、乱しません)

②口密
 ・不妄語(ふもうご 嘘・偽りを言いません)
 ・不綺語(ふきご飾り 言葉、オベンチャラを言いません)
 ・不悪口(ふあっく 人を傷つける悪口を言いません)
 ・不両舌(ふりょうぜつ 二枚舌を使いません)

③意密
 ・不慳貪(ふけんどん 貪欲に物に執着しません)
 ・不瞋恚(ふしんに 憎んだり怒ったりしません)
 ・不邪見(ふじゃけん 誤った見方で人や物を見ません)

この「十善戒」(「圓應寺勤行聖典」)を日々お唱えするとともに、日常生活で実践化する努力が求められるのです。

Ⅴ-206 弘法大師・空海の教え ~即身成仏④~

地蔵菩薩(宗派のイラストより 転載不可 以下同じ)

 より日常的な内容で分かりやすく説明した福島県の真言宗豊山派壽徳寺の住職・松村妙仁師の「三密を日常生活で実践するための心得え」を紹介します(ネット検索しました)。

①身密
 ・自分の行動を見直し、大事なものを見極める
 ・みんなのいのちを守る行動を取る
 ・できる範囲でからだを動かす
 ・手を洗い身を清める
 ・自分勝手な行動はしない。自分さえよければそれでいいという気持ちで行動しない。

②口密
 ・自分の言動を見直し、正す
 ・電話やインターネットなどを通して友人とたわいもない話をして気分転換する
 ・ありがとうと感謝の気持ちを口に出す
 ・うがいをしっかり行い、口を清める
 ・自分の事を棚において、人の悪口ばかりを言わない(インターネットに書き込まない)
 ・人の揚げ足をとらない

③意密
 ・自分のこころの揺れ動きを観察する
 ・こころをありのままに見て、自分に気づく
 ・一歩立ち止まってこころを見つめる
 ・自分だけでなく他者に気配りをする
 ・今できる範囲で、自分がリラックスできること、こころが豊かになることをやってみる
 ・深呼吸をしてこころを落ち着かせる
 ・様々な情報をむさぼり、こころ惑わされない

 以上の内容です。非常に分かりやすく日常の規範にしていかなければならない内容です。有り難く引用させて頂きました。