圓應寺 住職法話
住職法話 第177回
日本社会の現状
【福祉的社会学的考察】197〜203
「生活保護の給付額の引き下げ ①」
この項の「Ⅰ日本社会の現状」から、「Ⅴ仏教に見る祈りと教え」まで、先月で35巡しました。今月から又、「Ⅰ日本社会の現状」に戻って現代社会の私達の生活」を見ていきます。前回のこの項では、認知症に関する諸問題の後半を述べました。今回はこの項で何回か取り上げたこともある生活保護、その給付額の引き下げと最高裁判決、そとしてその後の国の対応等について2回に亘って述べます。
尚、生活保護行政を何回も取り上げているのは、私なりにそれなりの理由があります。私の経歴をこのホームPの冒頭で紹介しましたように、私は昭和37年に当時は名古屋市内にあった「日本福祉大学社会福祉学部に」入学しました。当時は「福祉」の走りと言ってもよい時代で、専門の福祉大学は全国で4大学という時代でもありました。その時代、入学と同時に「生活保護制度は憲法25条の柱だ!」という概念をたたき込まれたのでした。その記憶は60年以上経過した今でも鮮明に残っているのです。このようなことから、生活保護関係についてはより関心が深く、この場に取り上げる機会が多くなっているのです。
Ⅰー197 最高裁、「生活保護費引き下げ違法」の判決

令和7(2025)年、6月28日付の新聞各紙一面に「生活保護引き下げ違法」の活字が踊ると共に、詳細記事を各面にかなりのスペースを割いて載せるに留まらず、社説でも取り上げられました。勿論この内容は、新聞に留まらずテレビ、ラジオなどを含めたマスメディアに大ニュースとして報道されました。
この内容は、2013年~15年に、国が生活保護の支給額を大幅に引き下げたのは違法だとして、利用者等が減額決定の取り消しなどを求めた上告審判決が、前日の27日に最高裁が「違法」の判決を下したのです。つまり、国の生活保護行政が違法であるとの判決になったのです。
尚、同様の訴訟は全国29都道府県で計31件起こされ、地・高裁で判断が分かれていたのですが、今回の最高裁判決が統一判断を示したことになります。
ご案内のように生活保護は、憲法で保障する「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)の根幹をなす制度です。2025年3月時点での生活保護利用者は約203万人です。生活費に苦しむ人々にとって最後の砦となるこの制度の給付金額の減額は、直接生活に大打撃を及ぼすものです。
Ⅰー198 減額の経過と内容 ①

2012年の総選挙で、当時野党になっていた自民党は「保護費削減を選挙公約に掲げて政権に復帰」(6月28日朝日)し、安倍晋三政権の下、国は13年から保護費を約670億円削減したのです。その内容は、食費などの「生活扶助」の基準が3年間に平均6.5%、最大10%引き下げられたのでした。厚労省は、物価の下落に合わせた「デフレ調整」と説明したのに対して判決は、「生活扶助の額は従来、世帯支出など国民の消費動向をふまえて決められていたのに、今回の調整では、『物価下落のみ』が指標とされたと指摘。~略~厚労相に『裁量の逸脱や乱用があった』と結論」(同日同紙)付けたのです。
Ⅰー199 減額の経過と内容 ②

2012年12月、総選挙で、それまで野党だった自民党が生活保護費削減を選挙公約に掲て勝利→政権に復帰
2013年08月、保護費引き下げ、その後2回に亘って実施
2014年02月、生活保護利用者(受給者)が引き下げ処分取り消しなどを求めて佐賀地裁に提訴。その後全国各地で同様の訴訟
2020年06月、名古屋地裁、全国初の判決で請求を棄却
2021年02月、大阪地裁、国を違法として保護費引き下げ処分を取り消す判決
2023年04月、大阪高裁、原告側逆転敗訴
11月、名古屋高裁、原告側逆転勝訴
2025年05月、最高裁で大阪、名古屋訴訟の上告審弁論
06月27日、最高裁、引き下げ違法の統一判決
Ⅰー200 判決を受けて ①

判決直後、原告弁護団等が、多くの垂れ幕(縦長の大きな紙)を掲げた状況をテレビや新聞各紙は大々的に(新聞はその姿を一面写真付きで)報道しました。その内容は「勝訴」「逆転勝訴」「だまってへんでこれからも」「保護費引き下げの違法性認める」等でしたが、私は「司法は生きていた」に最も目が行ってしまいました。判決のうれしさが伝わってくる思いです。
28日付山形新聞には「生活保護引き下げ違法『司法は生きていた』歓喜に沸く原告等、涙も」と題して次のような内容を掲載しました。「受給者勝訴を知らせる垂れ幕が示されると、固唾を呑んで見守った各地の原告や支援者等は歓喜に沸いた。生活を守る闘いを振り返り、『感無量』『歴史的判決』と喜びをかみしめる一方、裁判が長期化する中で亡くなった仲間を思い、涙した。」
「大坂訴訟の原告小寺アイ子さんは、法廷で判決を聞いた瞬間『勝てると信じていたが、足が震えた』」。「名古屋訴訟の原告千世盛学さんは、55歳の時に病気で視力を失った。判決だけでは勝訴の実感が湧かなかったが、『弁護士が手を握ってくれて勝ったんだと思った』と語り『感無量だが、国は今後こういう裁判が起きないようにして欲しい』と求めた」。「各地で訴訟が起こされ、闘いは10年以上に及んだ。名古屋訴訟の沢村彰さんは『本当に長い道のりだった』と回顧。亡くなった同種訴訟の原告は232人に上り、支援者や弁護団は『(判決が)仲間にも届いていれば』と涙を浮かべた」などと。
Ⅰー201 判決を受けて ②

一方、同日の朝日新聞は「孫への100円貯金、葬儀参列諦めた」と題して、先の大坂訴訟原告小寺アイ子さんのこれまでの生活実態と判決の喜びを小寺さんの写真付きで、詳しく伝えました。「原告代表の小野寺アイ子さんは~中略~60代で心臓を手術、薬の副作用で股関節が壊死するなどの病状が重なり、2013年から生活保護を利用している。年金と生活保護費を合わせた金額は月11万円余り、家賃は4万5千円で、残りが生活費だ。お風呂は3日に一回。物価高騰のなか食費を抑えるため、よく買うのは4個セットで130円ほどの豆腐。晩ご飯がしょうゆやからしをつけた豆腐一つという日もある。生活保護費カットで何よりつらかったのは、お世話になった常連客(元気な時代にカラオケ喫茶を経営)と疎遠になってしまったこと、4人の孫との交流を諦めなければならなくなったことだった。定期的に孫のための100円貯金を続け、クリスマスや誕生日のケーキを買うなどし、交流してきた。ただ一つの生きがいだった。『絶対にやめたくなかった』孫貯金も、この数年はできなくなった。弁護団によると保護費引き下げがなければ、小寺さんの生活費は今より数千円多かったはず、という。もしそうなら、孫と交流を続けられ、常連客の葬儀にも参列できたかもしれない。重い意味を持つ減額だった」と。
このように保護費の減額は、ギリギリの経済で生活してきた保護利用者にとって、食費の削減に留まらず日常的なちっとした交際、孫との絆まで奪ってしまうほどの、精神的社会的生活をも奪ってきたのでした。保障されているはずの「健康で文化的な最低限度の生活」は何処に行ったのでしょう、国の政治と担当者の責任は重大と言わざるを得ません。
Ⅰー202 判決を受けての有識者談

同日の朝日新聞は立命館大・桜井啓太准教授の談話を「ゆがんだ基準設定当時の状況検証を」と題して次のように掲載しました。「今回の判決は、生活保護基準は合理的かつ専門的な手続きと権利性を前提としており、国の裁量は無制限なものではないことを確認した点で、歴史的に意義のある判決と言える。2013年からの基準が違法な形で設定されたと認定されたのだから、できるだけ早く、原告だけでなく、影響を受けた全ての生活保護世帯に対して引き下げられた分を補償する必要がある。判決を受けて政治判断で補償に踏み切ってもらいたい。(以後略)」と。生活保護世帯に対しての補償は当然です、それも出来るだけ早く!です。
Ⅰー203 判決を受けて直近の国の対応

ところがです。(2025年)先月11月7日付、山形新聞に次のような記事が載ったのです。「生活保護全額補償を見送り厚労省調整最高裁判決に対応」と題して、「厚生労働省は、生活保護費の2013~15年の引き下げを違法とした最高裁判決への対応で、当時の減額分の追加支給について、全額ではなく一部にとどめる方向で調整に入った。~略~原告側は全額補償を求めており、反発が出るのは必至だ」と。
さらに、山形新聞の翌日版には「生活保護減額分の補償は一部が妥当厚労省、最高裁判決を受け」と題して次のような概要を掲載しました。「厚生労働省は7日、生活保護費の引き下げを違法とした最高裁判決を巡る専門委員会で、減額分の補償は全額ではなく一部が妥当」と。一方で「高市早苗首相は衆議院予算委員会で、『厚労省の判断の過程や手続きに過誤や欠落があったと指摘された。深く反省しお詫びする』と述べ、政府として初めて謝罪した」のですが、その具体化は大変残念な方向なのです。
この項の次回では、この判決の持つ意味合いをより掘り下げて考えたと思っていますが、現時点での国の対応が「全額ではなく一部にとどめる」ものとすれば、生活保護行政の根幹が問われるのではないでしょうか。(国の動き等、2025年11月11日現在)
